2016-01-01から1年間の記事一覧

都井岬

木立の間の急な坂道を抜けると不意に視界が開け、見渡す限りの大海原が眼下に広がっていた。車を降りると、空の唸るような音が聴こえた。断崖を駆けのぼってきた風があまりに冷たくて、思わずコートの襟をかき寄せた。幾重にも層をなした雲が切れたり繋がっ…

暗雲の下で...

休日の静かなオフィス街を、颯爽と歩いていくその人の背中に、 深く頭を垂れて「ありがとうございました」ともう一度小さな声で言った。 侍の格好をした方が似合うような凛々しく美しい後ろ姿だった。 その向こうに見える横浜スタジアムの照明塔の上を、 白…

竹西寛子『椿堂』

池の上に幾重にもかかる楓の枝から、 冬の紅葉が、力尽きたようにほつりほつりと堕ちていた。 色褪せて乾いたいのちは、あまりに軽くて 鏡のような水面には、微かな波さえ立たないようであった。 12月の小石川後楽園は、人も少なくひっそりとしていた。 ビル…

『蝶』宮本輝著

日没の余熱が冷めたばかりの青黒い空の下で、 対岸の山が、熾火(おきび)のように静かに燃えていた。 夕陽を吸い込んだようなその色は、真っ黒な川面に映って揺らめいていた。 桑名での仕事を終えて名古屋の宿に戻る途中、香嵐渓に立ち寄った。 山を覆う紅葉…

ひかげの花

長野のKさんが送ってくださった100個余りの渋柿を 部屋に広げて剥き終わるのに二時間近くかかってしまった。 干し柿にする紐を縛るのがまた一仕事だし、 今年は紐を少し工夫しようと思っていたので、 買い物ついでに気分転換をしようと、柿でいっぱいになっ…

闘争

庄川峡の船着き場に着くと同時に雨が降り出した。 船に乗るのはやめて、車を道路脇に停めて川沿いの国道を歩きはじめた。 雪崩避けの覆道の、谷に面した柱の間で雨宿りをしていると、 廃橋のなごりのコンクリートの橋脚の下を、遊覧船が通り過ぎていった。 …

秘色(ひそく)

富山には珍しい、抜けるような蒼い空が広がっていたが 晩秋の低い陽射しは、急峻な山々に遮られて、深い谷底には届かなかった。 トロッコ電車は、光と影のなかを交互にくぐりながら 山の中腹を這うようにゆっくりとのぼっていった。 朝いちばんの仕事を終え…

信じること

雲場池に隣接するその別荘の池には 色づきはじめた森が、輝く水面に映り込んでいた。 池の周囲は、外国人観光客でにぎわっていたが、 その柵から向うの広大な庭は、しんと静まり返っていた。 夜半まで降っていた冷たい雨は止み、青空が広がっていた。 前橋の…

身を布施とすること

時おり吹きつける湿った風に糸のような茎を大きくしならせながらそのコスモスは、燃えるような眼差しで、一心に空を見上げていた。墨を流したような雲の下を、千切れ雲が流れて行った。去年見た、どこまでも青く高いあの蒼穹は一点も見えなかった。寄る辺な…

母衣への回帰

求めずして得たり...というようなことが、このところ続いているような気がする。名古屋出張の途中、運転していて突然電話がかかってきた。個人のスマホが昼間に鳴ることは珍しいので、道路脇に車を停めてみるとブログを読んでくれている友人からの電話だった…

森のなかの海

人の気配を感じて、木立の中に目をやった。 萌える緑の中に、仁王像のような形相の杉が立っていた。 急な斜面に傾いで立つその巨体を支える根は 岩盤を包み込むように抱きしめて、大地と一体化していた。 彼は、頭上高く運行するぎらつく天体を睨みつけなが…

螺鈿

古い美術館のガラスケースの中で星が輝いていた。 否...それは宇宙であるように思えた。 黒田辰秋 螺鈿白蝶縞中次> 志村ふくみさんの作品が展示されていると聞いて 国立近代美術館工芸館を訪れた (夏休みの子供向け企画のため撮影可) ふくみさんの作品は二…

うなだれるいのち

じりじりと肌に刺さるような 8月の午後の陽射しを浴びながら その花は、悲しげな眼差しで力なく空を見上げていた 泥の池から芽吹いた日の 世界の美しさに心を奪われた 光を...もっと光を... 空に憧れて 空を見上げてきた 空しか見えなかった 空への想いが届…

苦悩の先に

暗い深緑の蓮葉の海が大波のようにゆっくりとうねっていた。 緑という色が 闇に最も近い青と、光に最も近い黄色の融合によって生まれたのであれば 光が足りなかった。 雨上がりの沼から立ち上る泥のにおいを含んだ重い空気のなかで 僕は茫然と空を見上げた。…

闇に咲く花

夕闇の気配とともに、小さな蕾が膨らんではじけた。 嬰児が握りしめた拳をおそるおそる開いていくように 五弁の花が開き、絡み合った繊毛がゆっくりゆっくり開いていった。 仄暗い闇のなかで、カラスウリの花はひとつまたひとつと咲いていった。 外灯もない…

激流に咲く花

輝く水面の新緑の上を、雲が流れて行った。 松本から山を越える道を選んだ。御射鹿池を通るルートである。しかし、雨が降ったりやんだりの天気で高度があがるごとに霧がかかってきた。今日は見れないかもしれないな...そう思いながら、曲がりくねった急斜面…

いもり池の霧

山肌から這い降りてきた霧が、曲がりくねった林道を覆っていった。それはみるみるうちに濃くなっていったので、慌てて車の速度を落とした。いもり池の睡蓮に逢いたくなって、ここに来たのだがもはや、目の前のアスファルトも、真っ黒な森も、道端の花々も...…

父の認知症

縮れた薄い花びらが風にはためいて、たまった雨粒がぽとりと落ちた。 母に頼まれた買い物をして、実家に届けた帰り道... いつまでも手を振っていた、バックミラーごしの父の笑顔が浮かんだ。 梅雨入りの日の雨は、いつしかあがっていた。 強い南風が雲を押し…

水の記憶

緩やかな斜面をあがる途中...ふと振り返ると、 森の背後には藍鼠色の穏やかな海が雨に煙っていた。 夢の余韻をかかえたまま、田園の広がる扇状地の田園の道を走っていった。 森はもうどこにも見当たらなかった。 富山湾の海辺に湧き出る水は100年前に浸透し…

森に降る花

黒部川にかかる橋を渡り入善町にはいったあたりで、とうとう雨になった。 五月に降るこんな霧のような雨を麦雨(ばくう)というらしい... フロントガラスにふりかかる細かい雨粒をワイパーが拭うたびに 目の前の道も、一面の麦畑も、しっとりと濡れていった…

純白の花

春の夜の眠りから覚めたばかりの純白の花群れが、五月の蒼い空を見上げていた。 早朝の便で、立山を越えて富山空港に降りて、車で20分... 安田城址は、八尾へとつながる井田川のほとりにあった。 400年前 秀吉の富山攻めの拠点となったこの城の水濠は 当時の…

儚きいのち

ふと目を覚ますと、眩しかった陽射しが翳り初めていた。 薔薇棚の柱の陰のベンチに座って、そのままま眠ってしまったらしい... 夕凪の海から吹き上げてくる風を大きく吸い込んでから立ち上がった。 ああ、陽がおちてしまう... 海岸通りに出て、丘の上の公園…

碧の水面

雲が切れ、鬱蒼とした森に五月の陽光がぱっと射しこんだ。 川面がいっせいに萌葱色に輝きはじめた。 愛知の客先で打ち合わせの帰り道... 出口のみつからない仕事に辟易として、茫然と車を走らせていた。 結局またうまくいかないのだ... 暗い気持ちのままいつ…

幸福を見出す人

雪のような真っ白な花が降っていた。 そして、そこだけ時が停まっていた。 その日、僕は初めて白藤を見たのだった。 通り沿いにある塀のない、畑のような広い庭に、その花は咲いていた。 車を停めて写真を撮っていると、庭に出てきた老人に、「入ってきなさ…

いのちの輝き

出張から帰った翌朝...カーテンを開けた瞬間、思わず息をのんだ。 小さな庭のフェンスいっぱいに、幾千万の黄檗色(きはだいろ)の花が、 夜明け前の静寂の中で、いっせいに花を開いていたのだ。 それは、手品師の翻した布の下から現れた奇跡のようであった…

普賢象

ふと気がつくと、白いシャツが若草色に染まっていた。 新緑の森には、春の光が溢れていた。 頭上を覆う緑のグラデーションが、さらさらと風に揺れ、 踊る木漏れ日のなかで、染井の名残りの花びらが、ひらひらと閃いては消えていった。 森を抜けた丘の桜の回…

鬼となりて

どこまでも続く満開の桜並木に、雪のようにはらはらと花びらが降っていた。 花を見上げることもなく、堕ちてゆく花びらの軌跡を目で追っていた。 散りゆく花びらは、生と死のはざまに何を想うのだろう... 降り積む花びらの、ちぎれたつけねにさしたの紅がせ…

花の宇宙

岡崎から矢作川沿いの道をのぼって、その桜の下に着いたのは夕暮れ時であった。 日は既に山の端に沈み、青灰色の空の縁に茜の最後の一筋が消え入ろうとしていた。 風に揺れる何千本もの枝垂れの花の雲が、残照を吸い込んで灰桃色に染まっていた。 樹齢1300年…

風に揺れて

足元に揺らぐ花影にはっとして、目をあげた。 蒼い空に舞い立ったかに見えたのは、蝶の群れと見紛うばかりの 夥しい数の辛夷の花だった。 微かに残った冬のなごりが消えゆく間際のため息のように 春のはじめにふわりと咲いて消えてゆく よるべなき花 儚いい…

二人の先輩と...

3月15日 大五郎さん 地下鉄の伏見駅で大五郎さんと落ち合った。 63歳になるというのに、相変わらずカッコいいオジサンだ。 今週は豊田で講習...とFacebookに書き込んだら 半田からわざわざ名古屋まで会いに来てくれた。 このまえ半田で飲んだばかりなのだが.…