2015-06-01から1ヶ月間の記事一覧

泥のなかで

足元に視線を落としたまま、いもり池への小道を歩いていった。 祈るような気持ちで...一歩また一歩... 池の隅に咲く一輪の睡蓮を見た瞬間、胸の中で花が開いたような気がした。 そして視線をあげると、広大な池一面に、無数の睡蓮が咲き誇っていた。ああ、今…

闇のなかの迷路

雲と交わって朱に染まった夕陽は、 山々に抱かれた雲海を染め、温泉街の甍の波を染めて 山の端に消えていった。 美しい山々も、麓の街も、 ゆっくりと降りてくる夜の帳に抗うことなく 闇のなかに沈んでいった。 その温泉街は、湯田中温泉からさらに急な坂道…

立葵(タチアオイ)

雲の一端についた火は、燎原の火のごとく 一気に燃え広がっていった。 空の広い場所を探して、車を停めた Nさんとは最近知り合った。 ある精神的な病で20年近くも社会生活をできなかった彼が 新薬によって劇的な回復をしたのは40を過ぎてからのことだった。…

クジャク

カーテンの隙間から差し込む陽射しで目を覚ました。 昨日のアルコールが、まだ抜けきっていなかったが、 布団を跳ね除けて、急いで着替えた。 仕事の前に、その花にもう一度逢っておきたかったのだ 昨夜、不意打ちのように出会ったその花に... 新神戸駅に降…

Bar SINATRA

長崎から熊本へとまわり、新幹線で新神戸に着いたのは8時半を少し回ったころだった。 久しぶりの九州出張だったが、仕事は不調だった。 北野に上がっていく急な坂道で、重い足取りはさらに重くになった。 Sさんの営むフレンチレストランは閉店時間を過ぎたの…

清八楼

その旅館の入口の引き戸を開けて、おもわず唸った。 重厚な木材で作られた玄関の正面に、金の衝立があり そこに、なんともいえぬ上品な花が生けられてあった。 5月末にテルニストの仲間が弁当を頼んだという割烹旅館の 建物がとにかく素晴らしいと聞いて、朝…

旧北陸街道を歩く(2)

[風景][文学]旧北陸街道を歩く(2) 黒部川は、打ち寄せる波を切り裂いて、 やがて静かに大海に溶け込んでいった。 なんという荘厳なる瞬間 川を人の生涯に譬えるならば、河口はまさに「死」のその時か... 急峻な斜面を滑り落ち、岩を砕き、あらゆるものを呑み…

旧北陸街道を歩く(1)

釣り人が振った竿から、錘が糸を引きながら、光る海の方に消えていった。 雨の予報ははずれて、午前6時の太陽は既に海の上に昇っていた。 立山連峰の稜線は、青く霞んでいた。 魚津の客先との打ち合わせは午後からだったので 午前中、旧北陸街道を歩くことに…

ロイヤル・ハウスホールド

会社帰りのバスを降りると、空が焼け始めているのに気がついた。 改札から流れ出てきた人々の群れの隙間を縫って、 空の広い場所を求めて急いだ... ビルの隙間からのぞく炎はやがて鎮まり、冷めはじめていた。 歩道橋の階段を駆け下り、病院の角を曲がった瞬…

待つことの豊饒

琥珀が溶け出したような流れが目の前に横たわっていた。 滑らかな水面の下で激しくぶつかりあい揉み合い、湧き上がる渦が 光のなかに浮かび上がって、そして流れに呑み込まれていった。 宇連川(うれがわ)にかかる橋を渡ったとき、不思議な色の川が視界の隅に…