どこまでも続く満開の桜並木に、雪のようにはらはらと花びらが降っていた。
花を見上げることもなく、堕ちてゆく花びらの軌跡を目で追っていた。
散りゆく花びらは、生と死のはざまに何を想うのだろう...
降り積む花びらの、ちぎれたつけねにさしたの紅がせつなかった。
ある迷いが胸をしめていた。
揺らめき堕ちていくあの花びらのように揺れていた。
どこに辿り着くかもわからないまま、
ただ揺れながら堕ちていく自分を見ているようだった。
つくばで仕事をした帰り道
小貝川にかかる橋のたもとに桜並木があるのに気付いて車を停めた。
花がびっしりと咲く染井吉野は、あまり好まないが
気晴らしになるかと思って川沿いのその並木にはいっていった。
平日の昼時...人はまばらだった。
どうした大気の変化か...不意に春の嵐のような風が吹き始めた。
風は凄まじい勢いで花を散らしはじめた。
横殴りに降る花吹雪の、冷たい花びらがひたひたと頬を打った。
流れゆく花びらは、小さないのちをたずさえたまま大きな渦に飲みこまれていった。
そしていのちを帯びた花の渦は、春のやわらかな陽射しの中で閃きながら、
虚空のなかに溶けこんでいった。
「鬼となりて死にたき願い花吹雪」
野村秋介の俳句が不意に蘇った。
彼もまた、花吹雪のなかに鬼を見たのか...
それとも...鬼になった彼の心に花吹雪が降っていたのか...
ああ、鬼になれたら...
この胸の奥底に潜む鬼を掴み出せたら...
迷いなく生きていけるのに
気がついたら、桜並木を抜けていた。
いつしか風はやんでいた。
まだ植えられたばかりの八重の枝垂れが咲いていた。
初々しい花の写真を撮ろうと覗きこんだとき
上着の胸元から花びらがこぼれ落ちた。