阿寺渓谷

車を降りた瞬間に、冷気が肌に刺さった。
ガードレールに手をついて、恐るおそる切り立った谷底を覗き見る。
冬は車も入ってくることのない山の中...
すべてが寝静まりまた死に絶えた灰色の世界のなかで
その川の水だけが碧い眼差しで天を見上げながら流れていた。

f:id:mui_caliente:20190108120723j:plain

正月休みを返上して一週間の出張
客先の工場にある装置を設置する工事を終えて休暇をとった。
木曽に来たのは数年ぶりのこと
18歳の時に一人旅で出会って以来お付き合いしている
妻籠宿のSさんにお会いするのが目的だった。

津川駅で車を借りて木曽川を北上していくうちに
木曽川に流れ込む支流のその色の美しさに惹かれて
そのまま雪の積もる川沿いの道を登ってきたのだった。

f:id:mui_caliente:20190108120146j:plain

f:id:mui_caliente:20190108122437j:plain

この色はどこから来るのだろう...
ここに川ができたときから何千年もこうして変わらず流れてきた色
そのときふと、志村ふくみさんの緑色への考察が浮かぶ。
自然の色と向き合ってきたふくみさんの色への想いが...

 自然はどこかに人を引きつける蜜のようなもの、毒のようなものを、
あの蜘蛛の巣の美しい網のようにひろげていて、私はそこに引っかかり
穴から落ちたアリスのようなものだった。その入口は緑である。
 植物の緑、その緑がなぜか染まらない。
あの瑞々しい緑の葉っぱを絞って白い糸に染めようとしても緑は
数刻にして消えてゆく。どこヘ。この緑の秘密が私を色彩世界へ導いていった。
(中略)
仕事をはじめて十年余り、徐々に膨らむ謎の奥に何か足がかりが欲しい、
私が何故か、と思うことに答えてほしいと絶えず求めていた。
 そんな時、出会ったのがゲーテの「色彩論」だった。
『自然と象徴』(冨山房百科文庫 一九八二年)によって
謎が次々に解けるばかりではなく、今まで私か漠然と求めていた感覚の世界に
的確な足がかりがあたえられたのである。
含蓄ある一点、導きの糸は、そこからするすると紐が解けるように
私を色彩世界の扉へと導いてくれた。
 緑の戸口には次のように書かれていた。

 「光のすぐそばにわれわれが黄と呼ぶ色彩があらわれ、
  闇のすぐそばには青という言葉で表される色彩があらわれる。
  この黄と青とが最も純粋な状態で、完全に均衡を保つように混合されると、
  緑と呼ばれる第三の色彩が出現する」
                         (『色彩論』序)

緑は第三の色なのである。直接植物の緑から緑はでないはずである。
 闇と光がこの地上に生み出した最初の色、緑、生命の色、嬰児である。
一度この世に出現した植物の緑は、次の次元へ移行しつつある
生命現象のひとつである。
志村ふくみ『ちよう、はたり』より

asin:978-4480423863:detail

闇に最も近い色...青と、光に最も近い色...黄色が合わさったときに
初めて緑が生まれる。
闇は死 光は生 緑は生死のあわいの色なのである。

f:id:mui_caliente:20190108125733j:plain

眼下を流れゆく水の色を見おろし、そして曇った空を見上げる。
やがて日が暮れて、夜の帳が降りてくる。
川は色を失い、漆黒の闇に溶けていくのだろう。
或は水面に星を映し、月を浮かべる夜があるかもしれぬが
水底には光は届かない。
ただ漆黒の流れが恐ろしいような音を立てて流れてゆく。
やがて夜明けとともに光が射しこんで、藍から緑へと目覚めてゆくのだ。
闇がなくても光がなくても、この美しい生命の色は出現しない。

人の生きるこの世界には
闇を消し去ろうとして、温もりのない しかし強烈な人工の光が増えすぎた。
その光は闇を消すのではなく、
光の当たる場所と当たらぬ場所をくっきりと塗り分けていった。
闇は益々深まってしまった。
社会においても、一人の人間においても...
いのちに届く光を取り戻さねばならない。
闇に射しこむ光を...
いのちのなかには、こんなにも美しい色が宿っているのだ。
川は静かに流れていた。

気が付くと陽が傾きかけていた。
こんな山の中で生きてきたSさんの
一点も曇りのない澄み切ったような笑顔を思い出し。
車に乗り込んでSさんの住む集落へと降りていった。

f:id:mui_caliente:20190108121152j:plain