2014-01-01から1年間の記事一覧

宮本文学という雪

湖畔のホテルに泊まった 雪は積もっていたが、夜空は晴れていて 湖の上に煌々と数え切れぬほどの星が輝いていた。 雪にうもれた赤ちょうちんの居酒屋が一軒 「舟歌」を口ずさみながら暖簾をくぐり だれも客のいない薄暗い店に入る。 声のかすれた女将のお孫…

野尻湖畔にて

善き人のつながり

53歳の誕生日は、通天閣のちかくにある安ホテルで迎えた。 低い雲が空を覆っていた。 大阪に泊まったのは、宮本輝先生のファンクラブ「テルニスト」のオフ会に出席するため うまいことに金曜日に出張が入ったので、そのまま大阪に留まった。 梅田で買い物を…

いもり池 冬

高山の朝は、冷たい雨だった。朝食の前に、まだ覚めやらぬ古い町並みのなかを歩く。 松本経由で妙高へ...安房峠で雨は雪に変わり、峠を越えるとまた雨にもどった。 松本あたりは雪もほとんど積もっていなかったが、中央道から上信越道に入るといくつ目かのト…

波紋

今年最後の富山出張は、雨が降っていた。 立山連峰の中腹から上を、重い雲が包んでいた。 立っていられないほど強烈な風が、海から吹いていた。 波は高くないが、ときおり波打ち際で砕けた潮の飛沫が 霧のようになって風に流され、顔を濡らした。 うみねこが…

手水鉢

傾きはじめた午後の陽射しが、散り始めた紅葉を輝かせていた。 池にかかる石の橋を渡り始めて、足元に広がる光景に思わず息をのんだ。 そこには見事な紅葉が広がっていたのだった。 どこからか水が流れ込んでいるらしく、 水面には絶えず細かい漣がたち、紅…

嵐山渓谷

雨は朝まで降っていたようで、すべてがしっとりっと濡れそぼっていた。 川の流れは、濁っていた。 山の端から陽が射すと、小枝や葉の先端にできた水滴がいっせいに輝いた。 湿った幹から湯気がたちはじめた。 まだ暗いうちに出発したので、時間が余って東松…

夕暮れの記憶

夕暮れの田園地帯を歩いていた。 陽が落ちて、空は静かに染まっていった。 すすきの綿毛が、風に揺れていた。 畑のまん中で、皇帝ダリアがうなだれる姿を目にして ふと、若かりし日の母の姿を思い出した。 中学生の頃から父の商売はうまくいかず、急激に生活…

長瀞の紅葉

埼玉の客先での打ち合わせを終えて会社に電話を入れ、 駅舎に入ると、そこに見事な紅葉のポスターが貼ってあった。 長瀞の紅葉だった。 もしかして近いのかなと思い、スマホで検索すると40分ほどで行ける。 ちょうど、電車が出る時間が近かったので、衝動的…

夕暮れのダイアモンド

広大な公園のいちばん奥で、紅葉の写真をとっていたら 閉園30分前のアナウンスが流れた。 思い思いの場所に散らばっていた人々が、広い通路に出てきて 川の流れのように門に向かって動き始めた。 丘を下り、日本庭園の前を横切って、鬱蒼とした木立を抜け...…

流れゆく落ち葉

清流に沿った小道を、息を切らしながら登っていった。 道は細く、そして険しかった。 滝に逢いたかったのだ。 峻厳な滝に... 美しい滝に... 哀しみが、胸のなかに重くひろがっていた。 目指す滝は、ずっと上流の方だった。 いくつかの滝を越えて、長い緩やか…

ブルー・ライト・ヨコハマ

待ち合わせには少し早かったので、 海沿いの道を歩いていくことにした。 雲の隙間から一瞬射し込んだ夕陽が、人々の顔を朱く染め 光った波間でボラが跳ねた。 灯り始めた街のあかりを遠く眺めながら税関の横を抜けて駅へ向かった。 K君の呼びかけで、横浜港…

小林秀雄『当麻』

このブログを読んでくださっているKさんのコメントを機に世阿弥の『風姿花伝』を読んだ600年前に書かれ、明治に至るまで一子相伝の書として観世家に秘蔵され、他者の目に触れることもなかったものである。 風姿花伝 (岩波文庫) 作者: 世阿弥,野上豊一郎,西…

蓼科の朝

雨が降っていた。 早起きしてホテルを出たのは、御射鹿池に寄るためだった。 7月に初めて行ったとき、紅葉したらどんなに美しいだろうと想像していた。 (7月の日記⇒ 知多半田の夜〜御射鹿池 - ムイカリエンテへの道) 緩やかな登り勾配の国道を走っていく…

妻籠宿の想い出

蒲郡から諏訪に移動する途中 国道19号を走りながら、ふとSさんの顔を見たくなり 国道から少し東に入った場所にある妻籠宿に寄った。 ここは、旅人ムイカリエンテの原点の場所である。 初めての一人旅は、大学一年生の夏休み 大学生になったら、独りで旅をす…

唄うコスモス

名古屋市内に向かって、長良川の土手を南に向かって走っていた。 揖斐川と合流する手前の信号待ち...ふと土手のくぼみを見下ろすと 広大なコスモス畑がひろがっていた。 ハンドルを右にきって公園に入った。 今年は、こんな風景には出会えないかなと思って、…

曇天の下のコスモス

台風19号が、近づいていた。 コスモスが咲いている場所を探して、近くの田園地帯に出かけた。 稲が刈り取られた田んぼの一角に、パステルカラーの絨毯が見えた。 二反ばかりの畑に植えられたコスモスは 時おり吹く湿った重い風に、ゆらゆらと揺れていた。 コ…

『私こそ、音楽』

音楽史にものこるであろう、偉大なピアニストである。 映画の予告に、"今世紀最高"という表現があるが 20世紀から21世紀にかけて、ピアニストとしてはまさに最高峰の演奏家である。 彼女の名前を知ったのは、高校2年生の時 同級生のK君が貸してくれた「世界…

染まる白壁

長野駅に向かって、国道18号線を南下していった。 どこまでも続くリンゴ畑には、真っ赤に染まったリンゴがたわわに実っていた。 新幹線の時間には少し余裕があったので、小布施に寄ってみることにした。 短時間で歩かねばならないので、駅で聞いて、中心部へ…

木のナイフ

宮本輝氏の小説がきっかけて最初にペーパーナイフを彫ったのは、一年前のことだった。 しばらくつくらずにいたが、今年に入って春ごろから、一気に何本も彫ってきた。小刀一本で、木と悪戦苦闘しながら、木を削って削って... 四角い材料から形が現れてくるの…

酔芙蓉の道

「私は散る前にせめて一度は酔いたかっただけよ」... 年に一度...9月1日から3日の風の盆を二人で見るためだけにに、 八尾の石畳の街に男が買った家... 来る年も来る年も現れぬ女が、その年に家の前に植えさせたのは酔芙蓉だった。 そして、風の盆の夜、女は…

江の島にて

雲間から漏れた夕陽が、海に差し込んで 烏帽子岩のシルエットが、浮かび上がった。 夏の余韻などひとかけらも残っていない、静かな海の向こうにそびえる 霞んだ富士の稜線が、哀しく...そして美しかった。 景色に似合わぬ、イルカショーの音楽と喚声が 人の…

使命に生きる人

声が印象的だった。 大きく澄んだ声だった。 その人と初めてお会いしたのは、大学で行われた会議の席だった。 自分の名前を言うと、間髪を入れず息子の顔を思い出していただき 「息子さんのデッサンは素晴らしい」 と褒めてくださった。 ある行事をきっかけ…

逆巻く流れ

加賀での打ち合わせを終えて、金沢経由で富山に戻る途中 国道8号線から少しだけ逸れた場所に、一の滝はあった。 雨で増水した川の濁った水は 恐ろしいような轟音を立てて堕ち続けていた。 その逆巻く濁流に吸い寄せられるように 滝の二段目の棚をぎりぎりの…

滝のごとく

常願寺川に沿った登り坂を、息を切らしながら登っていった。 切り立った断崖が迫ってくるようで、眺めているだけでめまいがした。 曲がりくねった道の彼方に、その滝が姿を現したとき 霧のような水滴を頬に感じた。 それは雨ではなく、岩にぶつかって砕けた…

越中八尾の夜

秋の風が、蕭々と吹いていた。街道沿いにどこまでも連なる提灯の上に月が出ていた。 4か月ぶりの富山出張おわら風の盆のことを知ったのは、昨日の夜のことだった。今日が最終日であることを知り、夜7時半に富山に着いて、そのまま電車を乗り換えてここに来た…

森のなかの涙

山頂でリフトを降りて、森への小路を下っていった。 木立の入口に、一輪のその花を認めた瞬間に、胸が疼いた。 薄紫の小さな花は、涙をいっぱいにためてうなだれているように見えたのだった 森のなかに一歩踏み入れると、 見渡す限りの斜面に、天の星がその…

悟浄歎異

すごい男がいるという噂は聞いていた。 何度か顔を合わせたことはあったが、話したことはなかった。 トランペットの演奏家であることは知っていたが 他にいくつもの顔を持つという...何者だかわからなかった。 自宅が近かったのだが、いつの間にか姿を見なく…

三溪園の蓮

台風11号が高知県に近づき、各地に未曾有の豪雨をもたらしていた。 横浜の空は暗い雲に覆われ、午後から大雨になるという予報だった。 蓮の花を観るチャンスは、今日しかないと思い早朝に起きた。 毎年行っている薬師池の蓮は、今年は花が少ないというので …