都井岬

木立の間の急な坂道を抜けると不意に視界が開け、
見渡す限りの大海原が眼下に広がっていた。
車を降りると、空の唸るような音が聴こえた。
断崖を駆けのぼってきた風があまりに冷たくて、思わずコートの襟をかき寄せた。
幾重にも層をなした雲が切れたり繋がったりしながら東の方へと流れていった。


その隙間からこぼれた陽射しが遠くの海を光らせ、自分が暗い影の下に居ることを知った。
都井岬は、日南灘の南端に突き出た岬だった。


 

宮崎出張は気が重かった。
技術的には競合に優っていたのにもかかわらず、大企業の罠にまんまとかかり
会社がしてきた多額の先行投資は、どうやっても回収できない事態になってしまった。
前にも後にも崖しかない状況に陥ってから、いきなり担当を命じられた。
退くことは許されず...権限も与えられず...ただ損害を抑えるためだけの苦しい交渉...
社内からは、声なき批判が聴こえてくる。
心は折れかけていた。

 

卑下の視線に気づかぬふりをしながら、打ち解けることのない打ち合わせを済ませ
変更のきかない最終便までの時間をつぶすため、空港を通り過ぎて、
そのまま海岸沿いの道を南へと向かった。
12月の宮崎の海は色褪せて、あの夏の蒼さはどこにも見当たらなかった。
季節はずれのフェニックスの木が、傷んだ葉を冷たい潮風に晒す惨めな姿が、
自分のように見えた。

 

都井岬の看板が見えたので、岬を一周して戻ろうと思ってハンドルを切った。
野生馬の生息地と書いてあるが、馬の姿は見えない。
こんなに寒くては、きっと森の中に身を隠しているのだろう...
崖の上の灯台に登って広大な海を見渡す。
頭上をかすめるように雲が流れていく
海の色が目まぐるしく変わる。



「ここに地終わり 海はじまる」か...
俺は、いっつもここで終わっちまうんだ。
海に飛び込む勇気がないんだよな...
もう始まることなんてないのかもしれないな...と、ひとりごちる。

 

車に乗って引き返そうとしたとき、さっき来た道の遙か上の斜面に馬をみつけた。
あまりに高いところにいて気がつかなかったのだ。

 

馬と距離を置きながら、息を切らせて登った山上で振り返ると、
黙々と草を食む馬たちの向うに光る海が広がっていた。
風は益々強まっていったが、彼らは何事もないように乏しい草を食んでいた。


傾いた陽射しに冬毛が光る。
逞しく動き続ける顎の動きをぼんやりと見ながら、それでも生きていかなければと思った。



 

帰り道...
空が赤らんでいく気配を感じて、小さな漁港に車を停めた。
燃えるような夕陽が、轟々と音を立てるように山の端に堕ちていった。