ドア

このドアから、娘が家を出て行った。
このマンションに来てから21年。当時、娘は中学1年生。
毎日このドアから「行ってきます!」と言って元気に飛び出し
毎日このドアを開けて「ただいま!」と元気に帰ってくる。
娘がこのドアから入ってくると、家の中にぱっと灯りがともるような気がした。
家ではいつもころころと良く笑い
楽しそうに鼻歌を歌い母親と冗談を言い合って
毎日のように、たくさんの友達や後輩から電話が来て
深夜まで話を聴いてあげては、たくさんの激励をしていた。
その声に、どれほど救われたことか、どれほど勇気をもらったことか…
駄目な親父は、このマンションを買って2年後にリストラになり
それから職を転々として、生活はずっと厳しかった。
子どもたちが多感な時期 たくさんの不安な思いをさせたはず
出張や単身赴任と家に居ることも少なく
子どもたちを遊びに連れていった記憶もあまりないまま…
それでも2人とも反抗期のようなこともなくまっすぐに育ち
立派な社会人になった。
息子は3年前に独立して家を出て行った。
娘は大人になっても「父ちゃん 父ちゃん」と呼んでくれた。
幼稚園の先生を14年勤め上げ、先日退職した。
結婚が決まったのだった。
今日からは夫となる人の元に帰るのだ。
妻は仕事で不在
引っ越しが終わってから、一度戻って来て
我が家で片付けをして
最後に僕の部屋を覗いた瞳は、涙で濡れていた。
気持ちの強くて明るい子で
小学生くらいから泣いているのを一度も見たことがない。
そんな子が、涙を流していた。
「寂しくなってきちゃった。でも行かなくちゃ」
そう言って、手を振って出ていった。
でも、人生が変わる時はそういうものだ。
「頑張るんだよ」
と言って笑顔を作って送り出した。
毎日のように君の声を聴くこともなくなるんだな
父ちゃんも寂しくなっちゃったよ。
2022年5月2日15:40
娘の新たな一歩がこのドアから始まった。