名残の紅葉が、力尽きたように一枚また一枚と枝から落ちて
水源のない倉敷川のどん詰まりの 黒い水面に貼りついてゆく。
乾いた葉は水を吸って一瞬息を吹き返し、
黒地に錦繍の柄を描いていった。
初冬の乳色の空の上に 輪郭のはっきりした白い太陽が上がっていた。
倉敷駅前の旧いビジネスホテルの穴蔵のような部屋から抜け出して
朝飯を食べるために外に出た。
朝まで降っていた雨に濡れた横断歩道を渡り、シャッター通りの商店街に入って
一軒だけ灯りの点いている古民家を改装したカフェで朝食をとり
そのままふらふらとこの川の畔にたどり着いたのだった。
岡山のK市から、ある環境問題が協会に寄せられて
自分のところに突然協力要請の電話があったのは先月のことだった。
転職の繰り返しの末に、失業保険が切れて転がり込んだいまの会社では
自分の積んできた経験は殆ど活かせずに、一からやりなおして8年...
環境関連の仕事を離れてもう10年以上が経ってしまった。
元々出張生活で厳しいなか、時間をこじあけて岡山に通うのは酷であったし
問題の大きさに怯んで、辞退しようとしたのだが...
以前その仕事をしていた頃に自分を育ててくださった故H先生の顔を思い出し
先生なら「勇気を出しておやりなさい」と言われるだろうと思ってお受けした。
今日は午後からその初会合であった。
昨夜は久しぶりに倉敷に泊まり、友人が教えてくれたバーに行った。
大きな壺に活けられた山茶花の紅い花が、カウンターのうえに散る静かな空間で
Adbegをちびちびと飲みながら、物静かなマスターと、山茶花の下にいた青年と
ぽつりぽつりと話をした。
話している間、僕の神経はカウンターの隅に落ちた山茶花の花びらに注がれていた。
暗闇のなかでスポットライトあたるその美しい屍を見詰めながら
ふと、H先生に導かれてここに来たのかな...と思った。
紅葉は音もなく次々と落ちてゆく
流れのない川面は、いつしか紅葉で覆い尽くされていった。
ああ、これも屍だな。
すでにモノとなってしまったいのちの抜け殻は
それでも、最後の美を競うようにそこに浮かんでいる。
そのとき、不意にけたたましい泣き声をあげながら降り立った白鳥が
ひろがる錦繍を切り裂いて川面を滑っていった。
左右に割れてゆく絨毯の下から現れた泥水のなかへ
その水かきに蹴られた紅い葉が悶えるようにして
ゆっくりと消えてゆく。
戯れるように落葉を蹴り続ける白鳥の
何色にも染まらぬその白い羽に、僕は憎しみを抱いた。
自分もいつかはああして沈んでゆくのだろうが
人々のなかに入ってちっぽけな使命でも為していかねばならぬ
会議に向かう電車の時間が迫っていた。
僕は大きく息を吸い込んで、駅に向かって大股で歩きはじめた。