2016-02-01から1ヶ月間の記事一覧

母の姿

父の日記に見えている。母は、わが新衣(しんい)を購(あがな)わんより君が書物をといったと。 夫と子供と消し炭と薬味を財産と思って過ごした十七年の、まっくろけな姿。 柳の緑、菜種の黄、蝶の白をもってこの黒衣の人に配すれば、 かっと明るい春日の絵のぬ…

春立つ風

林道から出てその谷に出たとき、思わず大きなため息をついた。 山に囲まれた集落には、見渡す限りの梅の花が拡がっていたのだった。 新しく開通した新東名のインターを降りた後、どこで道を誤ったのか... 途中から急に険しい山道に入ってしまった。 迷い込ん…

半田赤レンガ建物

堂々たる体躯の赤レンガの建物が、抜けるような蒼空を見上げていた。 午前八時の太陽が、冷たくなった彼の頬を照らしていた。 かつて、ここで日本のビール造りに情熱を注いだ男たちがいた。 江戸時代から醸造産業で栄えていた知多半島の中心拠点、半田 中埜…

美を求めること

開いたばかりの寄る辺なき花びらの上に、涙のようなしずくがひとつ光っていた。 雨上がりの梅林の、濡れた土の上には咲いて間もない花が散って、白い水玉模様を描いていた。 梅は、満開の姿よりも咲き始めがいい。 春の気配で戸惑うように一輪二輪と開いた花…

行きずり

磨りガラスの引き戸から、顔だけ出すと おかみが、お客に頼んで席をひとつ空けてくれた。 神戸の下町...新開地の焼き鳥『八栄亭』 10人ばかりしか座れない狭い店内は、今夜も常連客で賑わっていた。 去年の4月に一度だけぷらっと立ち寄っただけなのに 「この…

冬を追いかけて...

雪融け水の流れ始めた神通川の川面には パステルを溶かしたような空が映りこんでいた。 去りゆく冬が恋しくなって、富山の滞在を延ばして雪景色を見に行くことにした。 出張で貯まったポイントでホテルに泊まり、スタッドレス付の安いレンタカーを借りた。 …

灯台

浅葱色の空に、すじ雲が流れていた。 海から吹いてくる湿った風は、かすかに春の匂いがした。 海風は、そして山々を駆けあがり雲となって、 雪化粧の山々の上空を覆っていた。 麓では雪融けがはじまり、川は翠色に輝いていた。 どんなに厳しい冬でも、終わり…

悲しみのなかに

前略 今朝一番の飛行機で富山空港に着きました。 空から見えた立山連峰があまりにもきれいだったので 雪景色の中を走りたくなって... 高速を使わずに、山越えの道で金沢に向かうことにしました。 国道157号線は、高岡から庄川に沿って飛騨に向かう山間の道で…

高山へ...

旭日を映す東京湾を見おろしながら、 富山行の飛行機は大きく旋回して雲の中に入って行った。 窓外の雲をぼんやり見ているうちに、いつしか眠りに落ちた。 ふと目を覚ますと、眼下を美しい浅間山がながれていき、まもなく険しい山脈の上にさしかかった。 な…