2019-01-01から1年間の記事一覧
早朝に赤倉温泉の宿を出て、尾花沢に向かう県道を走っていくと 山刀伐(なたぎり)峠のトンネルを抜けて、長い下り坂を降りてきたところに不意に棚田が現れました。 それはほどんど散り終わった蓮田でしたが、 そのなかに、ぽつりぽつりと花が咲いているのが…
濡れた棟門に、百日紅の花が散り積もっていた。 柿の実は未だ青く、 落柿舎の濃い緑の中に色を添えていたのは百日紅ばかりだった。 嵯峨に遊びて去来が落柿舎に到る。凡兆共に来たりて、暮に及て京に帰る。 予はなほ暫くとどむべき由にて、障子つづくり、葎…
鶴岡に入った頃にはもう日が落ちていたので、19時を回っていたと思う。 月山道路を抜けて庄内平野に入ったときに、遠く田園地帯の彼方に鳥海山が見えたが、先を急いでいたので、一瞥しただけで通り過ぎた。 今夜はあのバーに行くと決めて来たのだ。南蛮居酒…
海岸沿いの道の右側に迫る山が不意に途切れて視界が開けた。 どうやら、庄内平野の南端に出たようだった。 眼の前で弓なりに伸びた海岸線の遥か先に、鳥海山が霞のなかに美しい稜線を広げていた。 それは、日本海から吹き上げて来る風がそのまま化身したよう…
越後の空には、5月の眩い光があふれていた。夕方までに岡崎に行けばよいので、急ぐことはなく 国道117号線で飯山方面に向かって、そこから上信越道・中央道で行くことにした。 5年前に友人と訪れた越後妻有を通るので、あの景色を見て行こうと思い、 早朝に…
いつの間にか空一面に広がった雲の重さに背を押されるように 僕は急ぎ足で海岸通りを歩いていた。 頬のうえに雨粒がひとつ… ふと立ち止まって天を見上げる。 網膜に映った蒼鼠色の空が、そのまま胸中にひろがっていった。丘の上の公園の5月の花に逢いに出か…
長く尾を引くため息のような稜線の向こうに 雲で輪郭の滲んだ太陽が静かに迫っていた。 陽光は朱くなりきれずに雲のなかに力なく散乱し 空を淡い鬱金に染め、そこからこぼれた光の粒は 湖面の漣の上に散らばって銀色の残像を残して沈んでいった。 早朝に小樽…
留萌の海岸に出るころになって、やっと雨があがった。 朝、札幌のホテルを出てからもう200㎞も走ってきたのに 記憶に残っていたのは、雨に霞む白樺の林と その間を流れる雪融け水で増水した泥の川と ぬかるんだ道路脇にどこまでも連なるふきのとうだけであっ…
薄紅の花びらが降りしきるその下で、白い手が揺れている。 前へ後ろへ… 行きつ戻りつ… ゆっくりと規則正しく、しかしよるべなく その手が握っているのは、ベビーカーのハンドルだった。 公園のベンチに腰掛けた若い母親の疲れ切った背中は老人のように力なく…
「そんなところに立っていないで、中にお入りなさい」 背後で声がして振り返ると、井山さんが立っておられた。昨日電話をしたものの、やはりカウンターに座りたいと思って 30分前に「ケルン」の前に着いて、開店を待っていたのだ。 既に店の奥には灯りがつい…
酒田には仙台から車で向かうことにした。 夜遅めの時間に仙台国分町のホテルに入り そのバーに向かう前に、居酒屋で食事をした。 カウンターで地元のお客さんに声をかけていただき 楽しい時間を過ごす。 BAR『門』は昭和24年の創業… あのカクテル「雪国」誕…
その日、僕はしんしんと降る雪のなかを行ったり来たりしながら 三階建ての旧いビルの前で「ケルン」が開くのを待っていた。 厚い雲に覆われていた空は昼から薄暗かったが、 日没の時間を過ぎて、街灯のまばらな街は一気に闇に包まれていった。映画で見たシー…
光の気配を感じて目を覚ますと、わたしは満開の梅の花の園におりました。 冷たく湿った大気を覆うように、飴色の雲が空一面にひろがっています。 頬に小さな雫がひとつ…わたしは夢のなかで泣いていたのかしら… ずっと一緒にいたはずのあなたが見当たりません…
森の外には雨が降り出したようだった。 木立の隙間から見える田園も雪を被った立山も シルクのヴェールに包まれていった。冬でも枯れることのない沢杉の森は 雨を吸い込んでしっとりと膨らんでいくようだった。 鬱蒼と頭上を覆う木立の下には、まだ雨は落ち…
車を降りた瞬間に、冷気が肌に刺さった。 ガードレールに手をついて、恐るおそる切り立った谷底を覗き見る。 冬は車も入ってくることのない山の中... すべてが寝静まりまた死に絶えた灰色の世界のなかで その川の水だけが碧い眼差しで天を見上げながら流れて…