立葵(タチアオイ)

雲の一端についた火は、燎原の火のごとく
一気に燃え広がっていった。
空の広い場所を探して、車を停めた

Nさんとは最近知り合った。
ある精神的な病で20年近くも社会生活をできなかった彼が
新薬によって劇的な回復をしたのは40を過ぎてからのことだった。
通信制の高校をこの春卒業したが、就職は困難を極め
その相談に乗った帰りだった。
数年前に欝状態で薬なしでは生きられなかった自分が
今、こうしてNさんを励ましていることが不思議だった。
しかも、鬱の最大の原因だった就職のことで...


最近、こんな夕焼けを よく見るな…
空を見上げることが多くなったからだろうか
健康になったのだな。
夕焼け空にも、青空でさえも、哀しみしか見いだせなかったのに、
いまは、素直にその美しさに感動できる自分がいる。

先日、ある方からメッセージをいただいた
「数年前の不調を乗り越えて、頑張っていらっしゃるのをとても喜んでいます...」
その一行にこめられた深い想いに、涙がにじんだ
その方が教えてくださったことは数限りないが
「人は何のために生まれてきたのか...
 自分と縁した人たちに歓びや幸福をもたらすために生まれてきたのだ。」
という一言に尽きるように思える。


健康になったのだ...
転んでばかりの人生だったけれど
転んだ痛みを無駄にはしまい
自分と縁した人に歓びをもたらすことなら、きっとできるはずだ。
自分らしく、自分のやり方で... 心をつくし、力をつくして...


夕焼けは、刻々と色を変えていった。
川辺に咲いた立葵が、夕焼けの色に染まっていった。


空を見上げて歩いて行こう
高きもの、偉大なるもの、真に美しきものを見上げながら
いのちを染め上げて行こう。


やがて陽は沈み、空の色は冷めていったが
立葵は、闇のなかでそれぞれの色をのこしたまま
空を見上げて夜風に揺れていた。