旧北陸街道を歩く(1)

釣り人が振った竿から、錘が糸を引きながら、光る海の方に消えていった。
雨の予報ははずれて、午前6時の太陽は既に海の上に昇っていた。
立山連峰の稜線は、青く霞んでいた。


魚津の客先との打ち合わせは午後からだったので
午前中、旧北陸街道を歩くことにした。
4月に刊行された『田園発 港行き自転車』を読んでから
ずっと、この街道を歩きたい想いに駆られてきたのだ。

田園発 港行き自転車 (上)

田園発 港行き自転車 (上)

田園発 港行き自転車 (下)

田園発 港行き自転車 (下)

登場人物たちが、様々な想いを抱きながら歩いた幸福へと繋がっていたこの道を
自分の足で歩きたい…
そう願ってきた。


旅は、一人寂しく歩くもの.... 
18歳で初めて一人旅をしてから、その想いは変わっていない。



魚津まで行ってみたかったが、ゆっくり歩きたかったので、今日は滑川まで…
11km 約2時間の行程
岩瀬の宿場町は以前に見たので飛ばして、
路面電車の終点、岩瀬浜駅から街道を歩き始めた。
車道に沿って歩くのはつまらないので、右折れ左に折れながら、
浜辺を歩き、防風林を歩き、田んぼのあぜ道を歩き、住宅地のなかを歩いた。


小説のなかで、黒部川の川べりにはゴミがひとつも落ちていないと書いてあったが
このあたりも、どこを歩いてもゴミは落ちていなかった。

常願寺川を渡り、水橋のパン屋で道を聞こうと思って朝食のパンをひとつ買い
レジのおばさんと話していると、店の壁に41歳のときにリストラになった会社の
社会人野球チームのポスターが貼ってあって、はっとした。
工場がこの近くだったことに気がついたのだ。
会社を放り出されてから、悪戦苦闘ばかりの12年...長かったな...
パン屋を出て、今来た道を振り返ってみたら、歩いてきた12年がその先に連なっている気がして
慌てて目をそらした。


そこから滑川にかけては、旧家が目立つようになり、
旧街道沿いの細い道を、ゆっくりと歩いた。
なめりかわ宿場回廊 という名前のとおり、まるで回廊のようないりくんだ道を、歩き回った。








融雪パイプの錆で赤銅色に染まった道路...高い防波堤の際まで立ち並ぶ家々
その家の脇の細い路地をあがって防波堤に上り、青い海を見渡す。
静かな海だった。


発刊したばかりの小説の内容をここに書くことは控えるが
どんな苦悩も、人は幸福へと転換していけるという
宮本文学の底に流れる信念が、祈りが、この作品にも滔々と流れている。
賀川直樹が海歩子が祐樹が千春が生き、そこに縁した善き人々が交錯した街の上には
しずかな青い空が広がっていた。


空を見上げながら、さっき振り返った道の寂しさを思う。
決して二度と振り返ることのできなかった情景を...
そうか... 12年の苦しい思いをここに捨てにきたのだ。
もういいではないか 
この道は、ずっと先までのびている。


時計を見ると、岩瀬を出発してから4時間も経っていた。
一休みして仕事にいくにはちょうど良い。


そう思って、滑川駅まで歩き、電車に乗った。
また、ここに来よう
滑川から魚津までの道をまた歩くのだ。
できれば雪の降る日に