ロイヤル・ハウスホールド

会社帰りのバスを降りると、空が焼け始めているのに気がついた。
改札から流れ出てきた人々の群れの隙間を縫って、
空の広い場所を求めて急いだ...
ビルの隙間からのぞく炎はやがて鎮まり、冷めはじめていた。


歩道橋の階段を駆け下り、病院の角を曲がった瞬間に、突然視界が開けた。
丹沢山地の濃藍のシルエットの上を、緋色の黄昏が絹のように覆い
苗を植えたばかりの水田に、空が映りこんでいた。



雲は流れ、緋色から紫へ...そして闇のなかに静かに溶け込んでいった。


幸福な死...そんな言葉が浮かぶ
こんなふうに美しく静かに虚空に溶け込んでいけたら...
いのちを美しく染めるものはなんだろう...
人を幸福のために生きること...それ以外にないのだろうな


わが願ひは これこの生涯(いのち)
  君の歓喜(よろこび)の大いなる歌 響かむこと
君の虚空(そら) 気高き光明(ひかり)の流れ
戸口小さしと見て 帰りな行きそ
季節を別かたず 親しく舞ひに来よ
  わが心の奥に 装ひを常に新たに


  君が歓喜を わが身も心も
  よも 妨げはせじ
君のこよなき歓喜 わが苦をば
焼き尽くせ 幸はふ光明の如
君の歓喜 卑しさを催(くだ)
  花と開け わが業(わざ)すべてに


   タゴール 『ギーターンジャリ』 

タゴール詩集―ギーターンジャリ (岩波文庫)

タゴール詩集―ギーターンジャリ (岩波文庫)





幸せな夕景の余韻を消したくなくて
乗り換え駅でバーに寄り道...


ダイキリの後、ウィスキーを2杯ほど...

バーテンダーとロイヤル・ハウスホールドの話をしていたら、
置いてあるというので一杯オーダー
英国王室専用に作られた高級ウィスキー 
昭和天皇が皇太子時代にイギリスを訪れた際に英王室からプレゼントされたのが縁で、
以来今日まで日本だけで特別に販売が許可されているという。

宮本輝先生の『水のかたち』に登場して、一度は口にしてみたいと思っていたのだが
まさかここで飲めるとは思わなかった。
45種以上の原酒をブレンドしたというウィスキーはバランスがとれていて上品で
何とも言えない芳醇な香り...
最高級の原料を使い、一流の職人たちが仕込みから発酵・熟成まで手間をかけ
一流のブレンダーが、厳選した原酒をブレンドして作り上げた芸術品...
ウィスキーをよく知らない自分でも、これは感動する。


目を閉じて口のなかでウィスキーをころがして飲み込んだら
さっき見た夕焼けが一瞬現れて、ふわっと消えていった。