春を探しに野に出た。
厳しい寒さのなかで震えながら闘う友に
春の訪れを知らせたかったから...
冬は必ず春になることを、思い出してもらいたかったから...
しかし、二月の枯野に色はなく、花の蕾も固く閉じて震えていた。
諦めて帰ろうとしたその時、住宅街の一角の公園で一瞬ふわっと薄紅色のかたまりが見えた。
急いで駆け寄ると、1本の八重の紅梅がいっせいに花開いていた。
こんなに寒い曇り空の下で...
こんなにも健気に...
これで信じてもらえる。
春は近いことを...冬は永遠に続かないのだということを...
木の下にはいって、写真を撮っているうちに、
隣の紅梅にも数輪、花が咲いているのに気がついた。
深紅の一重の花は、長いまつげを開いて、曇り空を静かに見上げていた。
厳しい冬の間に全身に溜め込んだ深紅の血液を絞り出すように
命懸けで春の訪れを告げていくのだ。
ふと、ロマン・ロランの声が聞こえた気がした。
「苦悩をつき抜けて歓喜に到れ!」
人生を美しく彩るための苦悩だったのだ。
君の苦悩も、僕の苦悩も...
歓喜にいたるための道程に過ぎない。
桜染めに使う山桜の枝は、冬を越えて花が咲く直前のものでないと染まらないという。
全身に蓄えたいのちの色を、花を染めるために一気に放出するからだ。
(染織物職人 藍さんの作品 桜染めのショール 写真を借用しました)
いまは身をかがめて闘い続けよう。
自らの裡に潜むいのちの力を信じて...
そして、友の晴れ晴れとした笑顔を思い浮かべながら家路についた。
- 作者: ロマン・ロラン,片山敏彦
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1965/04/16
- メディア: 文庫
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不幸な貧しい病身な一人の人間、まるで悩みそのもののような人間、
世の中から歓喜を拒まれたその人間がみずから歓喜を造り出す...
それを世界に贈り物とするために。彼は自分の不幸を用いて歓喜を鍛え出す。
そのことを彼は次の誇らしい言葉によって表現したが、この言葉の中には彼の生涯が煮つめられており、
またこれは、雄々しい彼の魂全体にとっての金言であった...
『苦悩をつき抜けて歓喜に到れ!』
Durch Leiden Freude
ロマン・ロラン『ベートーヴェンの生涯』片山敏彦訳
もうひとつ...おまけで...
「春はいっせいに」という過去の日記
読んでおられない方へ...