椿落つ

春未だ浅い雨上がりの午後
城址の濡れた石段を、ゆっくりと昇っていった。
梅は終わり、桜はまだつぼみのままだった。


石垣の間を抜けたところで、不意に視界に飛び込んできた艶やかな色にドキンとした。
緑鮮やかな苔の絨毯の上に、深紅の椿が散らばっていたのだった。


湿った苔の上で、椿の花はあたかも最初からそこに咲いていたように...
頭上で深緑の葉の間に窮屈に咲いている花々よりものびやかで美しく
恋する乙女のように、空を仰いでいた。

苔を踏まぬように、一輪の花を拾い上げ
目を閉じてほのかな匂いを吸うと、花芯についた水滴が鼻を濡らした。
花びらについた土を指でぬぐって、苔の上にそっと戻した。

健気に生きるいのちの姿は、美しい残像として、いつまでの網膜の奥に煌いていた。





おまけ

この日の朝撮った、
早咲きの桜と蜘蛛の巣