続・消えゆくもの 消えざるもの

「富山も雪が少なくなりましたなぁ」と、隣に座っていた客が呟いた。
そして、名古屋から来たというその人は、昭和38年の豪雪のことを語り始めた。
記録によれば、1月19日に降り出した雪は、一週間余り降り続け
富山市内では308cm 高岡市では370cmにも及んだ。
インフラが寸断され、北陸地方陸の孤島となったという。
その人も、富山に向かう列車に閉じ込められたのだと、言った。

 

雪に埋もれた北陸本線が浮かぶ
それは、富山に来たことがなかった頃から抱いてきた情景である。

二十歳の火影 (講談社文庫)

二十歳の火影 (講談社文庫)

 

小学校の四年生になろうとする頃、私は父の仕事の関係で
大阪から雪の降る富山へと引っ越していった。
昭和三十一年だったから、もう二十数年も昔のことである。
富山へ行く汽車の中で、私は京都を過ぎたあたりから眠り込んでしまったらしい。
眼をさましたときは、立山一号は石川と富山の国境あたりで立ち往生していた。
すさまじい吹雪に包み込まれていたのであった。
 「うわあ、雪や。お母ちゃん、ものすごい雪が降ってるなア」
大阪育ちの私は吹雪など見たことがなかった。それで思わずそう叫ぶと、
 「...富山て、雪の多いとこらしいわ」
と母がぽつんと呟いた。
私はガラス窓に額を押しつけて、吹きすさぶ灰色の雪をいつまでも見ていた。
それは母の沈んだ音調と重なって、これからの富山での生活が決して明るいものではないことを
子供心にも感じさせてきたのであった。
     宮本輝著『私と富山』 (『二十歳の火影』収録)

今は、列車が立ち往生するような雪は降らなくなった。
あと2カ月で開通する新幹線のために、駅舎は大きく変わろうとしている。
この情景から始まる『天の夜曲』の中に描かれていた情景は、微塵も残ってはいない。



正月明けのトラブルの経過報告のため、再び富山
朝からの打ち合わせのため、夕方富山駅に降り立った。

 

ホテルに荷物を置くと、そのまま富劇ビルの『初音』に向かった。
(1月6日の日記で書いた、おばあちゃんのお店...名前を伏せてあったが、
 NHKで放映されたというので、お店の名前を書いておく。このブログの影響などほとんどないので)


富劇ビルは、昭和25年に木造1階建の映画館としてここに建てられた。
そして昭和42年に2階建てに建て替えられ、映画館は2階に移り1階は食堂街になった。
『初音』は、経明尚江さんが 亡くなったご主人とこの時に始められた店である。
  
  ◆お店の歴史の出展 長い資料ですが、中程の「富劇ビル」の項に『初音』か出ています。http://d.hatena.ne.jp/shimamukwansei/20140120/1390226800

9人しか座れないその店は、ほとんどいっぱいで、お客さんが詰めて席を空けてくれた。
常連さんが、おしぼりを出してくれて、どこから来たのかと聞かれる。
右隣は、名古屋から来た老夫婦、左の奥には京都から来た青年がいた。
あとは、ほぼ毎晩来るという年配の常連さんばかり...
前回は独りきりだったが、こうして満席になると、賑やかになる。
おばあちゃんは、カウンターの内側で、にこにこしながら話を聴いている。



おでんは、カニ 大根 豆腐 スジ 玉子 ヒメタケ はんぺん ふき ...
富山湾のニギスの塩焼き 幻魚の吸い物
なんて美味いんだろう!
そして楽しく話しながら、焼酎を大きなコップで3杯

 

常連さんにとっては、ここがなくなってしまうことが、どれほど寂しいことだろう
しかし、一番寂しいのはおばあちゃんなのだから...誰もそれを口にしない。
明るく振舞うことで、お互いを思いやっている温かさがひしひしと伝わってくるのだ。


名古屋の客が帰り、京都の客が帰ったところで、勘定をして店をでる。

 

ホテルに帰る途中、「あ!イッセイ」も少しだけ顔を出そうと思って、覗くと
今夜は、なんだか盛り上がっている
よく見る常連さんも、たくさんいて、鍋などやって...
店に入ると、見知った人たちから声をかけられ、握手を求められ、抱き合い...

 

D氏の差し入れの、酒を注いでもらう
立山酒造 無濾過大吟醸「愛山」  旨い!


何度かここで会っている人、始めて会った人...
「初音」とは客層も雰囲気もまったく違うが、ここも本当にいい店だ。
後で知ったことだったが、この店の新年会だったらしく...
常連さんの貸きりだったはずなのに、知らずに参加させてもらったのだった。


この2年で、富山がすっかり第3の故郷のようになってしまったな。
(ちなみに、第2の故郷は、単身赴任していた志摩あたり...)
それは、富山に行きたいと、長年願ってきたからに違いない。

 

四季の風景もずいぶんと見てきたけれど
やはり人だな。富山の人が好きだ。
懐かし風景は、次々に消えていってしまうのだろうが
この温かい人情は、若い世代にも受け継がれていくんだろうな...

 

今日一日で、何人の人と話をしたことか...
すっかり酔っぱらって、雨に濡れた市電のレールで滑って、転びそうになった。