海岸列車に乗って...

この電車に乗ったのは、何度目だろう
前回この電車に乗った時は、一面の雪景色だったな...
新潟での仕事を終えて、乗り込んだ信越線の窓の外には
どこまでも広がる田園が流れていった。


鞄に放りこんできた『ドストエフスキーの生活』のページをめくる...

ドストエフスキイの生活 (新潮文庫)

ドストエフスキイの生活 (新潮文庫)

凡ては永久に過ぎ去る。誰もこれを疑うことは出来ないが、疑う振りをすることは出来る。
いや何一つ過ぎ去るものではない積もりでいる事が、取りも直さず僕等が生きていることだとも言える。
積もりでいるので、本当はそうではない。歴史は、この積もりから生れた。
過ぎ去るものを、僕等は捕まえて置こうと希った。そしてこの乱暴な希いが、
そう巧く成功しないことは見易い理である。
  小林秀雄ドストエフスキーの生活』序(歴史について)

富山で取り組んできた仕事が、頓挫しつつあった。
客先が海外メーカーに買収され、担当もすべて変わって、呼び出しがあった。
これまで進めてきた計画を中止する話であることは、ある程度察しがついていた。
突然の最後通告を言い渡されることなど、10年前のリストラ以来、何度もあったことだ。
もう、慣れている。
しかし、大好きな富山に行けなくなることが寂しいと思った。


今日は、富山には泊まるだけ
何度も乗ってきた海岸列車を途中下車して、日本海を眺めながら行こうと決めた。
直江津で電車を乗り換えて、糸魚川の2駅手前の浦本駅で降りる。
海を見下ろす小さな待合室だけがあるホーム...
無人駅の小さな駅舎から出ると、海岸沿いに立ち並ぶ家々の間から海が見えた。

次の電車まで1時間... ほとんど人影もない静かな海岸を歩く。
若い母親が、小さな男の子と遊んでいた。

遠くから見たら、空と同じ鉛色でよくわからなかったが
近づいてみると、透明度の高い、きれいな海だった。



風もなく静かな海辺に座って、茫然と曇り空を見上げた。



電車が西に進むにつれて
太陽は次第に傾き、空が少しずつ染まっていった。
雲が多すぎて、夕焼けは見れないだろうと思っていたが
親不知を過ぎたあたりから、海が焼け始めた。

泊駅で電車を飛び下りた。
海岸線まで1km... 息を切らしながら、重い荷物を持って走った。
夕焼けが見れたら、何かが吹っ切れる気がした

しかし...
松林の向うが一瞬朱く染まったかに見えたが、そこにたどり着いた時には
太陽は厚い雲の後ろに隠れて、空の朱は一気に冷めていった。


海辺に立って海を眺めていた老人に「写真を撮りにきたのかね?」と、声を掛けられた。
「今日は曇ってしまったが、ここはきれいな海だ」と言った。
漁師を生業として、生きてきた。
アラスカにタラバ漁で長期間行っていたこともあった。
漁師の苦労や楽しみや...いろいろなことを、たのしそうに話してくれた。
富山には立山連峰からの水の恵みがあり、地震も起こらず、台風も立山連峰に止められ
とても住みやすい場所だと...
赤銅色の顔に刻まれた深い笑い皺が、美しかった。
海から吹いてくる夕凪の風が気持ちよかった。


そして、また電車に乗り...富山着21時...
電車の中で、缶酎ハイを3本...
立飲み屋『あ!イッセイ』のイッセイ氏が、新しく始めた『あ!ホルモン』に行くことにしていた。
その店は、シネマ食堂街の近くの古民家を改造した立派な店で
一階は明るいカウンター、二階はシックな内装が施してあった。


まずは岩ガキ...一年前に『あ!イッセイ』に初めてふらっと入った日に食べたな
ぷりっぷりで美味い!

そして、牛と豚のホルモンを何種類かMIXしたホルモン焼き

そして、お薦めのランプ肉...



富山県産の材料にこだわったメニューはどれも旨い



もしかして、これが最後かもなと思いながら、カウンターのなかのサントス君と話しながら
ビールを二杯・ハイボールを一杯
イッセイ氏は2階で接客をしていたので、あまり話せず
これだけの店を始めるのは、大変なことだっただろうな。
幼いお子さんの手術後の経過はどうなんだろうか...


富山の夜を満喫させてくれたのは
イッセイ氏と、そこで働くサントス君... そして常連D氏のおかげだった。
感謝感謝...感謝しかない。
話はできなかったが、帰りに降りてきたイッセイ氏と握手をして店を出る。


きっと繁盛する
こんなイチゲンの客を楽しませてくれたのだから...