心のなかの誤差

仕事には何の喜びもなく、
ただ会社にいるのが苦痛で客先を探して出掛ける。
社会のためにならない仕事...
誰のためにもなっていない自分の命。
いったい何をしているのか...空しさばかりが募る。







今日は、富士市のA化成へ...
駅に降り立つと、製紙工場独特のにおいを感じる。
空は蒼く、雲はほとんどないが、富士山は少し霞んで見える。
かなり早めに着いたので、レンタカーで周辺をドライブ。
茶畑のある場所で富士山の写真を数枚...お茶の木に白い花が咲いている。


横浜からは、丹沢の山にかくれて頂上に近い方しかみえないが
こうして裾野まで見える富士山は雄大で美しい。






茶畑の石垣に腰かけて、コンビニで買ったパンを頬張りながら本を読む。

Xへの手紙・私小説論 (新潮文庫)

Xへの手紙・私小説論 (新潮文庫)

俺は自分の感受性の独特な動きだけに誠実でありさえすればと希っていた。
希っていたというより寧ろそう強いられていたのだ。文字通り強いられていたのだ。
強いられているだけで俺には充分だった。誠実という言葉にそれ以上の意味をなすりつける事は思いもよらなかった。
誠実という言葉ばかりではない、愛だとか、正義だとか、凡そ発音する度に奇態な音をたてたがる種類
の言葉を、なんの羞恥もなく使う人々を、俺は今も猶理解しない。       
ただ明瞭なものは自分の苦痛だけだ。この俺よりも長生きしたげな苦痛によって痺れる精神だけだ。
痺れた頭はただものを眺める事しか出来なくなる。俺は茫然として眼の前を様々な形が通り過ぎるのを眺める。
(中略)
俺は懸命に何かを忍んでいる、だが何を忍んでいるのか決してわからない。
極度の注意を払っている、だが何に対して払っているのか決してわからない。
君にこの困憊がわかって貰えるだろうか。
俺はこの時、生きようと思う心のうちに、何か物理的な誤差の様なものを明らかに感ずるのである。
俺はこの誤差に堪えられない様に思う。
俺は一体死を思っているのだろうか、それとも既に生きてはいないのだろうかと思う。
眼を閉じると雪の様なものが降って来る、色もなく音もなく、だが俺は止めにしよう、
どうもつくり話を書くのは得手じゃない。
それにこれでも文学的描写のはかなさぐらいは俺も或る程度までは心得ている積りなのだ。  
                                小林秀雄『X氏への手紙』