続・美を求める心

久しぶりの小諸出張
ランチはいつものキキョーヤ@佐久
店長のHanaさんがいつもの笑顔で迎えてくれる。
今日から始めた新メニュー、カツサンドをいただくことに...
名物アイスパンをいただいている間にカツを揚げて
熱々のスペシャルサンドを作っていただく。

ぷりぷりのエビカツサンドとトンカツサンドおろしポン酢タレ
肉厚のカツがとってもジューシーで感動的に旨い!
トンカツ屋顔負けの絶品...
その味を引き立てるのはサンドイッチのパン。
パン自体がしっとりしていて、美味しいのだ。


パンをいただいている間にもお客さんが次々と来店する。
一人一人に丁寧に声をかけ、レジを打ちながらその人に合わせて話しかける。
すばらしい接客だな


Hanaさんは、このブログを読んでくださっているのだが
先日、石川啄木の詩を読まれて、本を読みたいと仰っていたのだが
その詩が掲載されている文庫本は絶版になっていたのでAmazonで古本を取り寄せて...
しみだらけの本だけでは申し訳ないので
先日購入してあった『点滴ポール 生き抜くという旗印』を併せて差し上げる。


パン屋をやりながら、将来アパレルの仕事もしたいというHanaさん
早朝から起きて、パンを作り、お子さんの世話をしながらお店を切り盛りして...
さらに新しい目標を持って努力する姿を見ると、すごいなと思う。


差し上げた石川啄木集のなかから、美を求める心について書かれた随想を抜粋しておく

石川啄木集 上巻 (新潮文庫 い 10-1)

石川啄木集 上巻 (新潮文庫 い 10-1)

我等も亦、美 其物よりも、寧(むし)ろ美を求めてやまざるの心を貴としとすべき也。
A thing of beauty is a joy forever.
いつの世にか美の乏しきを憂へむ。
ただ憂ふべきは、美を求めてやまざる清浄の勇気の
果して我が心に充ち満ちたりや否やにあり。
之を小児の前に置けば、金剛石と硝子片と何の択ぶ所なき也。
美は何処にもあれども、求めざる人のためには唯 錯落(さくらく)たる土塊のみ、石礫のみ。
美の神は妬みの神なりといへるミケルアンジェロが心こそ忍ばるれ。


 いとも貧しき一美術家ありき。常に物置の二階にありて孜々(しし)として其業を励みぬ。
壁破れ、柱歪み、一燈慈々(じじ)として影淡き処、髪は乱れて蓬(よもぎ)の如く、面容憔悴して骨徒らに高く、
目のみぞ火の如く燃えたり。
彼はかくの如くして、寝を忘れ食を忘れ、日夜営々として其鏝(こて)を動かせるなりき。
一夜、夜漸やく更けて四隣闃(しりんげき)たるの時、彼は静かに鏝を捨てて立てり。
其目はたとしへなき悦びに輝やき、其頬は仄かに紅を潮して、いひがたき満足の微笑を堪へたり。
見よ、彼が前にてる神工生けるが如き一肖像を。
神ならでげにかくも真に迫れるものを作りうべしとは思はれざる程なり。
彼は今しも之を作り了へたる也。其心の歓び何ものにか若かむ。
仄かなる燈火の影さへに、此時一きは明くなれるやうなりき。
然も此肖像は、唯一個の土偶に過ぎざる也。
貧しき彼は大理石の一塊をだに購(あがな)ふ事能(あた)はざりき。
既にして彼は歩を移して破れたる窓を開けり。
時は恰も秋。万点の星斗燦(さん)として九皐(きゅうこう)に花を散らし、
寥々(りょうりょう)たる銅色の夜天は厳かに大地を圧して、
何かは知らぬ大いなる秘密の前に、いひ知らず心の躍るもけだかし。
大気はいと冷やかに窓より流れ入りて、消えみ明るみする燈火あやふくも滅えなんず。
烈しき霜は来らむとすと呟きて、彼は窓を閉ぢ、再び土偶の前に来りつ。
作り了へたるのみれば列しき霜夜の寒さ或は之を破りなむ。
されども貧しき彼は、此室内を温むべき一本の薪をも有せざる也。
是に於てハ彼は其着たる襤褸(ぼろ)を脱して此肖像を掩(おお)ひぬ。
かくて漸やくにして其を守り得たりしも、夜明けて後、人其室に入りしに、
彼は恰も忠実なる奴隷の如く其作れる肖像の下に打臥して、閉ぢたる目は再び開かず、
幽かなる微笑を残して凍死してありき。
 噫(ああ)友よ、美を求めてやまざる清浄なる勇気は、つねにかくの如き也。

石川啄木『一握の砂』