つきの灯り

欠けたところのない完璧な十五夜の月よりも
少しだけ欠けはじめた十六夜(いざよい)の月が好きだ。


昨夜は深夜に慌てて近所の公園に仲秋の月を見に行ったのだが
最近の工事で設置された、どぎついLEDの照明が明るすぎて、月がきれに見えず...
防犯のためなのだろうが...都会の無駄な明るさは、
宇宙の美しさから、益々人を遠ざける。


今夜は、仕事から急いで帰り、少し離れた暗い公園まで自転車を走らせる。
人通りのない暗い木立の中で、木々の隙間からのぞく月を見上げる。
草いきれの匂いに包まれながら、秋の空気を吸い込む。

湖上    中原中也


ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう。
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。


沖に出たらば暗いでせう、
櫂(かい)から滴垂る水の音は
昵懇(ちか)しいものに聞こえませう。
   あなたの言葉の杜切れ間を。


月は聴き耳立てるでせう、
すこしは降りても来るでせう、
われら接唇する時に
月は頭上にあるでせう。


あなたはなほも、語るでせう、
よしないことや拗言(すねごと)や、
洩らさず私は聴くでせう、
  けれど漕ぐ手はやめないで。


ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう、
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。

哀しい詩だな...
そして美しい情景だ


生涯で最も美しい月夜の思い出...
志摩の静かな海辺...
月明かり以外に何の明かりもない静かな浜で
ひたひたと船底を打つ波のささやきを聴きながら
海に映る月を眺めて、友と語り合った20年前のあの日...
彼が亡くなって、今月でもう3年か...

中原の心のなかには、実に深い悲しみがあって、それは彼自身の手にも余るものであったと私は思っている。
彼の驚くべき詩人たる天資も、これを手なずけるに足りなかった。
(中略)
言いようのない悲しみが果てしなくあった。私はそんな風に思う。
彼はこの不安をよく知っていた。それが彼の本質的な抒情詩の全骨格をなす。
彼は、自己を防禦する術をまるで知らなかった。
世間を渡るとは、一種の自己隠蔽術に他ならないのだが、
彼には自分のいちばん秘密なものを人人に分かちたい欲求だけが強かった。
   小林秀雄中原中也の思い出』


月を美しく撮る術をしらないので
行燈のように木の葉の後ろにおいてみた。





初秋の夜は、無性に人が恋しくなる。