美を求める心

先日Mさんにもらったカモミール
次々に花を咲かせ始めた。
桜や菜の花のような存在感もなく
薔薇や蘭のような華やかさもなく...
しかし、近寄ってよくよく見れば
なんともいえない清楚な色と
上品な香りを放つ、美しい花である。

一輪の花の美しさをよくよく感ずるという事は難しいことだ。
仮にそれは易しいことだとしても、人間の美しさ、立派さを感ずることは、
易しいことではありますまい
又、知識がどんなにあっても、優しい感情を持つ人とは、
物事をよく感ずる心を持っている人ではありませんか。
神経質で、物事にすぐに感じても、いらいらしている人がある。
そんな人は優しい心を持っていない場合が多いものです。
そんな人は、美しい物の姿を正しく感ずる心を持った人ではない。
ただ、びくびくしているだけなのです。
ですから、感ずるということも学ばなければならないものなのです。
そして、立派な芸術というものは、正しく、豊かに感ずる事を
人々に何時も教えているものなのです。
                           小林秀雄『美を求める心』

午後からK大学の後援会の会合で新宿へ...
業者に委託していたビデオの編集がほぼ終わったので、会議の後試写会。
若干の修正を加えて、今月末には完成する。


新宿を後にして横浜に急いで自宅に帰り、7時から地域の会合。
ここで、久し振りにSさんとお会いする。
2008年の正月、会社の経営不振で突然仕事を失ったときに指導を受けに行き、
抱きかかえるように激励をしていただいた方である。
Sさんは、小学校で両親と生き別れ、親戚の家を転々として学校もほとんど行けずに育ったという。
読み書きが不得意で、青年になってから本や新聞に振り仮名を振ってもらいながら必死に書き写し
死に物狂いで働きながら勉強をされた。
やがて中堅の優良企業の経営者にまでなるが、あるときを境に業績が落ちて倒産。
個人で保障していた数億の借金をかぶることに...
しかし、逃げずに働いて働いて、また会社を興してその借金も完済したという。
本当の意味での苦労をされた人は、人間としての迫力が桁はずれである。そして何より謙虚である。
70歳にして青年のような気迫を肌で感じながら、
自分は、到底足元にも及ばないとつくづく思う。


今日一日で50人以上の人と会ったが、
顔を合わせているだけで、その人たちの人間としての美しさや素晴らしさは、ほとんど見えない


人間の美しさ立派さを感じる自分になるには、やはり優しさは不可欠である。
そして、その優しさは...
自ら人生に苦悩し、生命の深みを味わった人にしか生まれてこないのではないか
もっと苦労しなければ...

初めて飲んだ生花のカモミールティーは、なぜかりんごの香がした。