鉄橋

錆びの浮いた鉄骨の下にたまった雨の滴が膨らんでは落ちて
暗い水面に不規則な波紋をつくっていた。
ゆっくりと流れてきた紅葉の落ち葉の列が波紋のうえで微かに揺らめく...
見事に色づいた錦繍を背にして、その鉄橋はただ静かに佇んでいた。


新潟から鶴岡に向って海沿いの道を北上する途中
米沢へと向かう県道を右に折れて山の中へと入って来た。
標高があがるごとに紅葉は色を増し
気温は急に下がってエアコンの温度設定をあげた。
山と川しか見えない景色のなかに不意にこの鉄橋が現れて
車を停めたのだった。
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コートを羽織って車の外に出る。
先刻まで降っていた雨はもうあがっていたが、
大気のなかに残った微細な水の粒が、肌をしっとりと湿らせていった。
濡れそぼった森のなかで、鳥たちも息をひそめ
霞んだ大気にすべての音が吸い込まれ
ただ静寂に包まれていた。


中原中也のあの詩の一節を思い出し
ゆっくりと小さな声で諳んじてみる。
.....僕は雨上りの曇った空の下の鉄橋のやうに生きてゐる。


紅葉で賑う山の中にあって微動だにしないその姿は
あまりに頑なで、そして寂しげであった。
季節が巡り景色が変転していっても...
冬に凍りつき、夏に焼け付いたとしても
彼はこうして黙って列車を待っているのであろう。
少しずつ年老いていきながら...


詩の続きが思い出せず、スマホで検索して読み返す。

 僕は雨上りの曇った空の下の鉄橋のように生きてゐる。
 僕に押寄せてゐるものは、何時でもそれは寂漠だ。
 僕はその寂漠の中にすっかり沈静してゐるわけでもない。
 僕は何かを求めてゐる、絶えず何かを求めてゐる。

そして詩はこう結ぶ

ゆうがた、空の下で、身一点に感じられれば、万事に於て文句はないのだ。

もう一度目の前の景色を眺め
そして、この詩を教えてくださったM先生のお姿を想う。


浮き草のような自分ではあるが
この鉄橋の姿を忘るまい…
先生のお心を片時も見失うまい。
そう心に誓って雨上りの曇り空を見上げた。


天地の間に一人立っていることが
このうえなく幸福なことのように思えた。
この先どうなっていこうが
おおいなるものに身を任せていけばよいのだ。


そして車に戻って冷え切った身体を温め
曲がりくねった山道の誘うままに
車を錦繍の中へ中へと走らせていった。

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