胸中の蓮

魚が水面で跳ねた音で目が覚めた。

 

釣り人のために岸に繋げられた3メートル四方の筏に腹ばいになって
写真を撮っているうちに眠くなって、うたた寝をしてしまったようだった。
夜が明けたばかりの浜津ヶ池は、肌寒いくらいで...
木の筏の温かさが心地よかったのだった。

 

顔をあげると、泥水の水面に薄紅色の花の影が映っていた。
朝靄のなかで次々に目覚めた幾千の古代蓮が、広大な池を埋め尽くすように
どこまでもひろがっていた。
未だ夢のなかにいるような光景だった。


二千年の眠りから覚めた、たった一粒の大賀蓮の種子が、ここにも...
こうして生み広がって、微かな香りを放ちながら揺れている。
そして、その美しい花の中に新たな因果倶時のいのちを抱いて...


 

二千年... 世界中で無数の人間が栄枯盛衰を繰り返し、生まれては死んでいった、途方もない時間
たったひとつのいのちは、どうやって生きてきたのか...
そして、目の前の数千の花のいのちは、いったいどこにあるのか...

私の中にはたくさんの私がいる。
それは百人かもしれないし、五百人かもしれない。いや千人、もしくは三千人....。
もし三千人の私があるなら、その三千人の私を生きたい。
         宮本輝『睡蓮の長いまどろみ』

睡蓮の長いまどろみ(上) (文春文庫)  睡蓮の長いまどろみ(下) (文春文庫)

幼少の頃から、不幸と不運と苦労ばかりだった美雪が、
ある事件のために、愛する夫と生まれたばかりの子どもと、別れの道を選んだとき
言い残した言葉が、不意に記憶から蘇る。

 

 

「私は私を成すものの力次第で、何百何千もの人生を選ぶことができる。
それが否応なく与えられたものであろうとも、よしんば自分で選んだものであろうとも、
私は自由自在に自分の人生を作っていけるはずなのに、何を怯えているのか...。
宿命は変えられないと誰が決めたのか...。
不変の宿命にいいように牛耳られると決まってるなら、人間という生物なんてこの宇宙では無用じゃないのか。
これは十九歳の私が考えたのか、橘のおじさんがそれに近い何かの言葉で語ってくれたのか、
それとも、そのときにぼんやりと考えた何かが年月を経て、やっと私の考えとして言葉になってきたのか、
そこのところはいまもよくわからないんだけど...。
四十三年前の夜以来、間違いなく、そのぼんやりとした考えが私のなかで育ちつづけたの。
あなたを産んで、それは、もっとはっきりと形になったの」


 何がどのように形になったのか、それをこれから語りたいと思うが、
宿命などというものに負けてたまるかとひそかに心に期した途端に、そんな私を試すかのように、
いや、あざ笑うかのように、宿命はこれでもかこれでもかと襲って来たのだと美雪は言った。
「私が闘おうと決めたからよ。だから宿命は私をねじ伏せにかかったのね。
宿命ってのは、それぞれの人間のなかで生きてる生き物なのよ。飼い主は他ならぬその人自身...
そのことが、この歳になってやっとわかってきたわ」

        前掲書

 

蓮の花を見るたびに、
母に抱かれた日々に想いを馳せ...
自らのいのちの中の泥に想いを巡らせ...
そして、宿命をねじ伏せて
こんな花を咲かせようと思うのだ。
見る人を幸せな気持ちにさせる、こんな花を...

 

池の周りを歩いていくと、開く寸前の花が一輪...
指でそっと突いてみたら、その瞬間に花びらがぱっと開いた。



 

その瞬間...
胸のなかでも、なにかが開いたような気がした