紫陽花のごとく...

重い梅雨空の東京...
灰色の街がますます色彩を失っている。
朝から嫌な交渉をしなければならず
電話の向こうで怒鳴る相手に淡々と答えながら
気持ちはさらに沈んでいく。


色褪せた公園の中で紫陽花だけが健気に鮮やかな蒼い花弁を広げている。
こんな暗い空の下で、何故こんなに美しく見えるのだろうか...
紫陽花のように灰色の環境に染まらずに花を咲かさねば...


営業の合間の読書の時間、山本周五郎の短編を読む。

小説日本婦道記 (新潮文庫)
「武士道」に対して「婦道」という言葉で、武士の時代における婦人の生き方を綴った短編集である。
新沼靱負は不運な男であった。
一途に奉公していた会津蒲生家が嗣子問題で取り潰しになり、長男と妻が相次いで病死。
幼い次男だけが牧次郎だけが遺された。
周囲が他家に離散していくなかで、蒲生家が家系を立てている松山藩に召し抱えられたいという一心で
先方の返事も待たず松山に旅立つことに..
暇を出した召使たちの中で唯一残ったおかやだけが旅の供をする。
旅の直前、おかやは事故で言葉を喪っていた。
松山に着いた靱負は士官を申し出たが受け入れられず、時を待って土偶の絵付けという内職をして
糊口をしのいで待ち続けるが...九年後その松山の蒲生家まで取り潰しになってしまう。
長年の苦労が無になって希望を失った靱負は死を思うようになり、ある夜、刀に手をのばす。
しかし...その刹那、いつの間にか傍らに来たおかやが絶叫を上げてそれを制止する。

靱負はその夜限りもはや死を思うようなことはなかった。
恐怖にひき歪んだおかやの顔を見た時の彼はおのれの思量の浅はかさを知ったのである。
人間にとって大切なのは、「どう生きた」かではなく「どう生きるか」にある。
来し方を徒労にするかしないかは、今後の彼の生き方が決定するのだ。
そうだ、死んではならない、ここで死んでは今日までのおかやの辛労を無にしてしまう。
彼はそう思い返した。
...生きよう、これまでの苦難を意義あるものにするか徒労に終わらせるかはこれからの問題だ。
生きてゆこう。

                      山本周五郎『二十三年』

そして、靱負の人生はこれを機に好転していく。
おかやの唖は、実は主人について行くための方便だった。
唖になったふりを初めてから二十三年、靱負が死んで次男が一人前になるまで...
ただ主人に仕え、支えていこうという思いで一言も発することなく使命を全うした女性の物語...
一人の男を立ち直らせ生かしたのは、一人の女性のあまりにも愚直で一途な思いであった。


「どう生きるか」....
徒労とも思えるような日々を過ごしながら、意義を見出すために歩いていこう