利久庵の蕎麦

失業認定日なので、職安に行って
手当をもらうための手続きをする。
ここに行くときは市営バスと地下鉄の一日乗車券を買うので、
ついでだから地下鉄とバスに乗ってぶらり各駅停車の旅...
ふと蕎麦が食べたくなって、関内駅前の利久庵を思い出す。
早速地下鉄に乗って関内駅へ...久し振りに暖簾をくぐる。
迷った挙句「利久そば」980円、ランチタイムは季節のご飯付き。


菜の花・筍・椎茸・ふき・麩・かまぼこ・かしわ・海老天・卵焼き・ゆで卵
春のような彩りと香りが漂ってくるような盛り付け。
蕎麦も細麺で上品なそばの香り、汁も薄口で旨い。
野菜の苦味・椎茸の甘い煮汁。
久し振りに食べる旨い蕎麦。


この店には、取引先の営業マンで個人的にも仲良くなったHさんが何度か連れてきてくれた。
Hさんはムイカリエンテよりも1歳年長で気が合い、仕事も遊びもいろいろなところに行った。
お調子者で、会っている時間の大半が笑顔であった。
近い将来独立するので、そのときは一緒に仕事をしようと言われていた。
しかし、彼が42歳の夏、突然ガンを宣告された。
彼から笑顔が消え、見舞に行くたびに急激に痩せていった。
精神の消耗は、肉体以上に進んでしまった。
自宅療養に切り替わった年の瀬のある夕方、携帯に電話がかかってきた。
「ムイカリエンテさん...今日は夕陽がきれいだよ。俺は何もできなくなった。もう駄目かもしれない」
励ましのことばも空しく、電話は切れた。
その1週間後、彼は亡くなった。
葬式の後の精進落としも、この蕎麦屋の二階だった。
口の中に広がる蕎麦の香り
目を閉じたら向いの席に彼の笑顔が浮かんで消えた。
彼を見送ってから5度目の春が来た。