生命の芽吹き

陽が傾きかけた日曜日の午後...
ふきのとうが土塊をやぶって顔を出していた。
冷たく凍った大地の下で春を待ちわびていた生命が
寒風に吹かれて枝の中で春を待ちこがれていた生命が
いっせいに姿をあらわした。
空気はまだ冷たいけれど、陽射しはもう春...
生命のいきおいはとめることができない。
「ああ、よく寝た!」と伸びあがるように
生命の群れは、陽射しを浴びて輝いていた。

閑雅な午前   三好達治


ごらん まだこの枯木のままの高い樫の梢の方を
その梢の細いこまかな小枝の網目の先々にも
はやふっくらと季節のいのちは湧きあがって
まるで息をこらして静かにしてゐる子供達の群れのやうに
そのまだ眼にもとまらぬ小さな本の芽の群衆は
お互に肱をつつきあって 言葉のない彼らの言葉で何ごとか囁きかはしてゐる気配
春ははやそこの芝生に落ちかかる木洩れ陽の縞目模様にもちらちらとして
浅い水には蘆の芽がすくすくと鋭い角をのぞかせた
ながく悲しみに沈んだ者にも 春は希望のかへってくる時
新らしい勇気や空想をもって
春はまた楽しい船出の帆布を高くかかげる季節
雲雀や燕もやがて遠い国からここにかへってきて
私たちの頭上に飛びかひ歌ふだらう
董 蒲公英 蕨や蕗や筍や 蝶や蜂 蛇や晰賜や青蛙
やがて彼らも勢揃ひして 陽炎の松明をたいて押寄せてくる
ああその旺んな春の兆しは四方に現れて
眼に見えぬ霞のやうに棚引いてゐるのどかな午前
どことも知れぬ方角の 遠い遥かな空の奥でないてゐる鴉の声も
二つなく靉靆(あいたい)として 夢のやうに 真理のやうに
白雲を肩にまとった小山をめぐって聞えてくる
ああげに季節のかういふのどかな時 かういふ閑雅な午前にあって考へる
...人生よ ながくそこにあれ


息をこらして静かにしてゐる子供達の群れのやうに...
そんな子供たちのほほえましい姿...
飛び跳ねるような若々しい生命...


新しい勇気や空想をもって...
楽しい船出の帆布を高くかかげる季節...


西陽の温度を顔に感じ、田園のなかをゆっくりとあるきながら
胸のなかに、ふきのとうがふわっと湧き上がったような気がした。