月のしずく

そういえば今夜は十五夜だった。
しかし、梅雨が未だに残ったような
都心の空は厚い雲に覆われ
道行く人は月のことなど気にしていない。


でも、今夜は十五夜の月がどうしても見たい
何故かそんな気分だった。
会社帰りに銀座で降りて築地へ...聖路加タワーのエレベーターに乗り込む。
(この展望台...なんと無料!)
しかし、展望台に上がっても雲を透かしてかすかに光がこぼれているだけで月の姿は見えない。
久し振りに眺めた東京の夜景は、それはそれで美しい。
西の窓から見下ろす夜景をしばらく眺めて、ふと振りむくと...
雲はいつの間にか風に払われ、美しい十五夜の月が姿を現した。

一眼レフは持ってきていないので、コンパクトデジカメを窓に押し付けるように撮影。
実物の万分の一も伝わらない写真だけれど...一応記録として...


壬生義士伝』の興奮が冷めやらず、浅田次郎の短編集を購入。
どこまでも不器用で純粋で優しい男たちの物語...
月のしずく (文春文庫)

三十年ちかくもコンビナートで荷役をして、その間に何一つと言ってもいいほど変わりばえのなかった
佐藤辰夫の生活に、椿事が訪れたのは、秋も初めの十五夜の晩だった。
なかぞらに貼りつけられたような満月が、トラックの行き交う国道をまっさおに染めていた。

母を亡くし、一人暮らしの辰夫は月夜の晩、工場からの帰り道で、ふとしたことから男と悶着を起こし
傷ついたリエという女と出会い、背負ってねぐらであるボロ長屋に連れ帰る。
その後二人は奇妙な共同生活を始めるが、彼はリエへの無償の奉仕に不思議な歓びを覚え
深い愛にのめりこんで、ついにはリエが身ごもっている愛人の子供を自分で育てると言い出す。

リエの咽から、泣き声とも笑い声ともつかぬ呻きが洩れた。ふるえながら呻きながら、
リエはようやく言った。
「あなた誰なのよ。いったい、誰なのよ」
人間の男ではない何者かが、月あかりの中でじっと自分を見ている。
ブレザーの袖を瞼にあてて、男は小さくつぶやいた。
「俺ァ、蟻ン子です」
そうかもしれない。
汚れた作業着を着て、朝から晩まで段ボールの箱を担いで歩く男の姿が目に浮かんだ。
「したっけリエさん。俺、あんたを幸せにするためなら、何だってするし、おなかの子も、
そりゃあ社長さんの子供よりかは不自由させるかもしらねえけれど、ちゃんと大学まで行かせて
立派にします。蟻ン子の子を、まさか蟻ン子にはさせねえです。
だからリエさん、その子を殺さんでください。俺が責任持って育てっから。その子は俺にください」

都会の空の星は地上の灯りに負けてしまって、よく見えないが、
都会の月は、その空をさらに明るく照らし、疲れた心を慰めてくれる。


見事な月に呆然と見入っていると、警備員が来て展望台の閉館を告げる。
築地から銀座までゆっくり歩いてビルの間から見え隠れする月を見ながら帰ってきた。