"死ね"というアドバイス

冷たい雨が降る甲府の朝。宿泊費にセットのうまくない朝食を詰め込んで出発。
現場近くは夜の間に雪が降ったようで、一晩で数cmの積雪。
クリーンルームの狭い天井裏に潜り込んでの作業。
イカリエンテは立会なので、時々覗き込んで確認するだけだが...
目だけしか出ないクリーンスーツを着こんでいるので、待ち時間はたいくつ。
作業が遅くまでかかってしまったので、東京に帰る工事業者の車に同乗。
現場ではほとんど話す時間もない工事業者の社長(41歳)が運転する車の助手席に乗せてもらう。
33歳でメンテ会社を立ち上げてから、この会社とはずっと付き合っているという。
「入社3か月目ですか? よく我慢されていますね」
「...どういう意味ですか?(バイトじゃないんだから普通でしょ?)」
「皆さん入社されても、すぐに辞めちゃうんですよ。特にあの部長の下は...」
「はあ...」
「もし、この会社に長くいるつもりなら、自分の考えは一切言ってはいけません。
 とにかく全部聞き流して、言われたことだけをやる。それ以外はやってはいけません」
「しかし...入ったからには自分のためにも会社のためにも頑張りたいし...」
「周りの人を見ればわかりますが、何も考えないで適当にやっている人が残っています。
 超ワンマン経営に合わせられなければ自分で辞めていくし、そうでなければクビを切られる。
 辞めていった人達のほうが、どれだけ優秀だったか...」と...
だいたい察してはいたが、過去の現実を聞いて力が抜ける。
東横線の沿線で降ろしてもらい、目黒通りを呆然としながら歩く。
「考えてはいけない」「自分の言葉を発してはいけない」
それは、"生きながら死ね"ということではないか?
しかし、それは彼の思いやりのアドバイスとして受け止めなければならない。
彼もまた、そんな会社と死んだつもりで付き合って、社員を守っているのだから...


数日前にチェ・ゲバラの革命の人生に感動しながら、それとは正反対の現実。次元は全く違うけれど...
しかし、チェ・ゲバラの生涯を今一度思い出してみよう。多くの革命家の生涯を思い浮かべてみよう。
順風満帆の革命など、一度たりともなかったはずだ。
私利私欲も殺して、誠心誠意、貧しき人々のために立ち上がった人生なのに
そこに待ち受けるものは厳しい苦難ばかりであった。
冷笑・無理解・批判・弾圧・裏切り...そして死。
死してなお、精神が受け継がれていくのが本当の革命であったはずだ。
対訳 ブラウニング詩集―イギリス詩人選〈6〉 (岩波文庫)

われ常に戦士なりき 
倒れるのは立ち上がらんがた為
妨げられるのはよく戦はんがため
        ロバート・ブラウニング『ブラウニング詩集』

挫折から一年余...この間に2度も転職し2度とも失敗だった。
しかし、考えてみれば1/47 たった1年ではないか。
自分を見直して、再び立ち上がるために一度倒れてみただけだ。
真剣に戦うために妨害されるのだ。
本当に自分の心が死んでいたら、そもそも悩まないはずではないか。
まだ生きている。まだ前進しようとしている。だからこそ悩むのではないか。


地下鉄を降りて、自宅に向かって湿った夜道を歩き出した時には、
足取りが少しだけ軽くなっているような気がした。