清められるいのち

台風11号が四国を縦断し、兵庫県に上陸したと、ラジオが報じていた。
海の方から這い上がってきた雲が、龍のようにうねりながら高速道路を越えていった。
そして、清水を過ぎたあたりから、ワイパーで払いきれぬほどの凄まじい雨になった。


橋の上で横風に煽られ、ハンドルを押さえつけてスピードを落とすと、
膨れ上がった大井川を真っ黒な泥水が流れていくのが見えた。
ああ、こんなにも汚れてしまうのだな...
一瞬目にしただけのその光景が、胸の底に沈めてあったものをかき乱し
得たいの知れぬ不安や哀しみが泥のように舞い上がった。


あの翡翠のような清流も、濁ってしまったのかな?
ふと、荒れ狂っているであろうその川を見たくなった。


浜松いなさICを降りるころには、雨はあがっていた。
下道を走ること20分
以前にも休憩した場所に車を置いて、
谷底を、恐る恐る覗き込む...
水嵩は増していたが、水の色は澄み切っていた。


川の傍まで降りてみたくなり、木立のなかへ...
そこには、轟々と急斜面を滑り落ちてくる激流があった。
雨で勢いを増しているのだろうが、濁りなど微塵もない。
何故、こんなに澄んでいるのだろう...


流れのすぐ際でしゃがみこむ。
手を触れたらひき込まれてしまうような恐怖を感じたのに
そこから動きたくなかった。
そこにじっとしていたら、自分のなかにくすぶった濁りも
流れていってしまうような気がしたのだ。


轟音は、足元から腹の底まで響き
川面から起こった風が飛沫を運んで、頬を撫でていった。
雨上がりの香しい緑の匂いのなかで
いのちが澄んでいくのを感じた。


ああ、こんなふうに迷いも怖れもなく
激しくそして清らかに生きられたら...


今日 香(か)悩ましき風立ちて
誰を求め われ 経廻(へめぐ)るや
   今日 愁(うれ)ふる碧空に
   この静心(しづこころ)なく 泣くは何
   遠く 哀しき歌 響く
     わが思ひに 業(わざ)
   われ 誰を求む 心の中に
       香悩ましき風立ちて


われ知らず 何喜びて
幸追う青春(わかさ) 目醒むるや
   今日 まんごうの蕾薫り
   若葉囁く調べに
   月影の神酒(みき)(そそ)ぐ空に
     涙にしとと あな嬉し
   誰に触れてか われ戦(おのの)
       香悩ましき風立ちて

         タゴール『ギーターンジャリ』渡辺照宏

タゴール詩集―ギーターンジャリ (岩波文庫)

タゴール詩集―ギーターンジャリ (岩波文庫)



車に戻り川沿いの道を走り始めたら、雨がまた降り始めた。



おまけ 動画も貼っておきます。

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https://www.youtube.com/watch?v=Ak0RkLcemo4