テレビ塔

幸田で仕事をしてから、
名古屋に入ったのは6時頃だった。
雨あがりの名古屋は、思ったよりも温かい。
同僚と「風来坊」で食事を軽く済ませて別れ
広い通りに出ると、テレビ塔が視界に入る。


初めて上ったのは、2007年の誕生日(↓その日の日記)
http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20071220


のぼってみようかなと、思い立って塔の下まで行くが、あいにく21時の閉館時間を少し過ぎていた。
塔の周りの公園にはイルミネーションは、うすら寒い印象だけで美しいとは感じない。


少し離れて塔を仰げば
雨上がりの霞んだ空気に照明の光が拡散した金色の空...
眠れぬ木々が、茫然とその色を見上げている。
塔そのものよりも細かく分岐した枝のシルエットが美しい。

あてもなく栄の街をぶらついて
少し物足りない腹に、中華屋の餃子を放りこんでホテルに戻る。


ベッドに坐って、永井龍男の短編を開く...
最初に読んだきっかけは、やはり宮本輝氏のエッセーだったが
先日、永井龍男小林秀雄の対談を読んで、読みたくなった。
文章のトーンとかにおいとか色彩とか...どの作品も好きだな。

青梅雨 (新潮文庫)

青梅雨 (新潮文庫)

私達は、昨夜晩く箱根のホテルへ着いた。
食堂はもとより、酒場ももう閉まっていたし、
自分の使う湯の音が、ことさら耳につくような時間であった。
女と私は、それから夜明け近くまで話し合った。
そして、結局別れることに話しは決まった。
早晩こういう日がくることを予期しながら、お互いに時を蝕んできたようなものだ。
もう、繰り返してはならない。
  永井龍男『蜜柑』

早朝、タクシーに乗って逗子に向かう二人...
情景に色彩がない。二人の会話にも運転手の回想にも...
すべてモノクロの絵しか浮かばないのだ。
しかし...その色は突然に現れる。
大磯を過ぎた海沿いの道...

舗装道路のカーブに、吹きつけられた砂が積もっていた。
ゆっくりその脇を渡り切り、松林に添って、カーブを曲がったと思うと、
次の光景が鮮やかに私の視線に入ってきた。
舗装道路の幅一面に、途方もない数の蜜柑が散乱していたのだが、
はじめからそれと見たのではない。
ただ鮮やかな色彩に、一瞬私は途惑ってから、
「...やったよ」と、呟いていた。
松林の窪みに車輪を取られて、オート三輪が見事に覆り、砂で埋もれた舗装道路へ
艶々と光る蜜柑が散乱していた。(中略)
左手に続く松林と、右にひろがる風波立った海と、
そして道路上に日を浴びた一果一果が、とにかく素晴らしく明るかった。


こんな美しい色を想像していると
ホテルの窓から見える街の色のどぎついこと...
こんな色の中にいれば精神も蝕まれていくよな..


嫌になってカーテンを閉め、灯りを消した。
闇のなかに、この前見た子守柿の色がふわっと浮かんだ。