錦繍の名残

ほとんど散り終わってしまった紅葉の
隙間から射しこんだ西陽が
残った葉をところどころ照らして
鮮やかに光っていた。
冷たい風がふわっと吹くたびに
赤や黄の葉が、はらはらと舞い落ちて
足元の落ち葉の上に音もなく積もっていく...


岡崎東公園...
仕事の打ち合わせを終えて帰る途中、不意に立ち寄ってみた。

まばらになってしまった葉の間から見える碧い空が見える。
カメラのファインダーを覗くと、
小さな葉の連なりが、宇宙に連なる銀河の星々に見えた。
頭上を覆い尽くすほどの紅葉もいいけれど
このシルエットもいいな...

足元に積もった柔らかな落ち葉を踏みしめながら歩く
落ちたばかりの鮮やかな葉...時間が経って萎れた葉...枯れてしまった葉...
生命の様相は、散ってなお多様で美しい。


その落ち葉の間から、今年芽吹いたのであろう葉が二枚しかない楓が
いつか大木になってやろうという不逞な面構えで、そのまま紅葉していた。

森には無数の生命が溢れ、無数の生死が横たわっていた。



この季節になると読み返す宮本輝の『錦繍
宮本輝の作品に出会ったのは『泥の河』であったが
生涯彼の作品を愛し続けることを決定づけたのは、この作品であった。
 

そして、美しい紅葉を見上げると、生死について思いが巡っていくのである。

錦繍

錦繍

「生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じことかも知れへん。
そんな宇宙の不思議なからくりを、モーツァルトの音楽は奏でているのだ。
星島さんはそう言わはりましたなァ」
突然何を仰言りたいのだろうと、私はじっと御主人の口のあたりを見つめました。
御主人はしばらく考え込むようにしていらっしやいましたが、やがてこう仰言ったのです。
「私は、モーツァルトのことは誰よりも知ってるつもりでした。
私以上に、モーツァルトを聴いた人は、そんなにたくさんいてるとは思えん。
そのくらい、モーツァルトのことに関しては自信を持ってました。
そやけど、モーツァルトの音楽を、星島さんが言われたようには考えたことがありませんでした。
私はあれ以来ずっと、星島さんの言うた言葉の意味を考えつづけて来て、いまそれがわかりました。
星島さんの言うとおりです。
モーツァルトは、きっと、人間は死んだらどうなるのかを、音楽によって表現しようとしてたんですよ」

   宮本輝 『錦繍

おまけ
岡崎東公園 紅葉アルバム