今年もここに来ることができた。
2007年に初めて訪れてから四度目...
神戸の中心部からわずか20分で来れる
紅葉の美しいこの静かな公園が
お気に入りの場所
神戸での仕事の後、
先に名古屋に移動するという同僚を駅まで送ってから
レンタカーで急こう配の坂道を一気に登ってきた。
山全体が朱く染まるのには少し早いが、池の周囲にある木々は、見事な色彩に染まっていた。
デイケアのお年寄りのグループが帰っていった後は、広い公園に人影はほとんどなく...
風もなく、音もなく...
時間が静止してしまったような錦絵のような風景が、静かな水面に映し出されていた。
対岸の紅葉が一望にできる特等席の石積みに腰をおろして、名画を味わう。
それから、ゆっくりと歩いて写真を撮りながら池を一周する。
夕暮れが近づいて、冷たい空気がどこからか流れてきて葉を揺らし、
山の端に隠れようとする夕陽の朱が紅葉のそれに重なって、紅はますます濃く染まる。
なんと幸福な時間だろう...
『水のかたち』に登場する主人公能勢志乃子の友人...ジャズシンガーの沙知代
ジャズが好きで好きで、ニューヨークに渡って英語を身に着け、音楽院で何年も猛レッスンを受けてきた。
しかし、日本に戻って歳をとった夫の世話や事業の整理をするうちに50歳に近づいて
ジャズ・シンガーとして舞台に立つことを諦めはじめていた。
本気でそう考え始めたころ、ニューヨークの音楽院の先生から電話をもらった。
ある日本のプロデューサーに将来が楽しみだというジャズ・シンガーを紹介してくれと頼まれたので、
サチヨを推薦しておいた。(中略)
私は脚が震えた。その先生は、最も厳しくて、いつもいつも怖い目で何度も何度も駄目だしをして。
いちども私に笑顔を向けたことがなかったからだ。
私は家庭の状況を話し、自分の年齢や力量を考えると、
ジャズ・シンガーとして舞台に立つことをあきらめるつもりだと言った。
「あきらめる?」
と先生は聞き訊き返した。そして言った。
「サチヨには小さな火がある。目には見えるか見えないかの火だ。
私は以前、ある人が書いた本を読んだ。
どんなに小さくても、火種があるかぎりは、息を吹きかけることをあきらめてはならない。
あきらめずにそっと息を吹きかけつづけているうちに、ぼっと炎があがるときが来る。
強く吹いたら、かぼそい火種は消えてしまう。あきらめずに、そっと吹きつづけることが大切だ...。
サチヨは、それをやりつづけてきたじゃないか。サチヨは、私が推薦した初めての日本人だ。
私に恥をかかせるのか?」
私は泣きながら、ありがとうございますと言うのが精いっぱいだった。
そして、ライブハウスで歌うようになり、実力が認められていく...
若い頃から才能を発揮して、一気に階段を駆け上がる人もいる。
しかし、50代あるいはそれ以降に花開く人もいるのだ。
最近知り合ったシャツ作りの職人Aさんも、そのなかのひとりだと思う。
一度お会いしただけで、詳しいことを知っているわけではないが...
シャツが好きで好きで、本当にいいものを作ろうという想いが、ずっしりと心に響いてきた。
小さな火種は、ずっと彼の心の中で燃え続けていたに違いない。
その火種に息を吹きかけ続けてきたのは、ご本人はもちろんのこと、ご家族であり周囲の友であったのだな...
様々な色に染まって揺れる紅葉の一枚一枚を見ながら
その一枚一枚が人のように見えてきた。
美しい心の人の連帯...
『水のかたち』のもうひとつのテーマは、善き人々の出会いによる幸福の創出...であった。
自分の周囲を見渡すと、本当に善き人がたくさんいることに改めて気が付き
そして、深い感謝の念に包まれる。
陽が落ちて夕闇が迫り、街の灯りがともり始めた神戸の光の海に潜っていくように、
カーブの多い急な坂道を一気におりていった。
WEBアルバムに写真アップしました(駄作含め...)
https://picasaweb.google.com/104915518421068648185/20121108