春風

マンションの前の欅並木が、
大きく波打つように揺れていた。
西の空から吹いてくる湿った風が、
独りでいることの寂しさを
ふと思い起させた。


風に身を晒したくなり、外に出てあてもなく歩いた。
大きな池のある公園まで歩き、池のほとりに座って、
水と戯れる鴨と風に揺れる若葉色の森を眺めていた。
頭上で白いハナミズキの枝がいっせいに揺れて、無数の蝶が飛び立ったように見えた。
何故か、三好達治の『甃のうへ』が思い浮かんだが..
それは、最初の三行だけだった。


ひとり旅に出たいなと思った。

三好達治詩集 (岩波文庫 緑 82-1)

三好達治詩集 (岩波文庫 緑 82-1)

『甃のうへ』       三好 達治


あはれ花びらながれ
をみなご花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音(あしおと)空にながれ
をりふして瞳をあげて
(かげ)りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
(ひさし)々に風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ