『人間の建設』小林秀雄/岡潔

鯉太郎さんと一緒に神奈川県下へ...
ある環境事業の立ち上げに関する相談。


街道沿いのいたるところで桜が満開になり
大地から湧き出でた雲のように
街に彩りを添えて、とても幸せな気分になる。


最近、本屋で平積みになっていた対談
『人間の建設』
人間の建設 (新潮文庫)
偉大なる批評家小林秀雄と世界的な数学者岡潔
全く世界の異なるような二人の対話である。

数学は知性の世界だけでは存在しうるものではない、何を入れなければ成り立たぬのかというと、
感情を入れなければ成り立たぬ。ところが感情を入れたら、学問の独立はありえませんから、
少なくとも数学だけは成立するといえたらと思いますが、それも言えないのです。(中略)
数学の体系には矛盾がないと言うためには、まず知性に矛盾がないということを証明し
しかしそれだけでは足りない、銘々の数学者がみなその結果に満足できるという
感情的な同意を表示しなければ、数学とはいえないということが、はじめてわかったのです。(中略)
心が納得するためには、情が承知しなければなりませんね。(中略)
知性や意志は、感情を説得する力がない。ところが、人間というものは感情が納得しなければ、
本当には納得しない存在らしいのです。
                    『人間の建設』より科学的知性の限界

情緒なしには数学さえ存在しえないという論理。
数学でさえそうなのだから、あらゆる自然科学でさえも、情緒なしには存在しえないということになる。
世界の数学者を悩ませた難問を一人で解決した大学者なだけに、この言葉は重い。

情緒というのは、人本然のものであって、それに従っていれば、
自分で人類を滅ぼしてしまうような間違えは起こさないのです。
現在の状態では、それをやりかねないと思うのです。

                    『人間の建設』より人間と人生への無知


獣的な生存競争の中で、情緒というものが薄らいで謙虚な心がなくなり、戦争が起こる。
悪いことがものすごいスピードで進んでいってしまうのは、人間の慢心からである。

人はずいぶんいろいろなことを知っているようにみえますが、
いまの人間には、たいていのことを肯定する力も否定する力もないのです。
一番知りたいことを、人は何も知らないのです。
自分とは何かという問題が決してわかっていません。
時間とは何かという問題も、これまた決してわからない。
                     『人間の建設』より人間と人生への無知

                   
赤ん坊が母親に抱かれているとき、自他の区別なく時間の観念もない平和な状態の中から
情緒が最初に育っていくのだという。


インターネットをはじめとする技術の発展にともなって、世界が情緒を失っていくように感じる。
魂のない技術 魂のない経済 魂のない文化 魂のない教育 魂のない政治...
情緒という言葉が、忘れ去られているような社会。
そんな中で、どうやって幸福感を感じることができようか?
技術進歩と情緒は、相反するものではないということを、岡氏の言葉から学び納得した。


情緒というものを見詰め直さねばならない。
生命の中に元々内在している この美しい情緒というものを、耕していかねば...