ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)

ルネ・マルタン氏が企画した熱狂の日という名の音楽祭は、
フランス北西部の港町ナントで'95年から始まった。
'05年日本に上陸。
今年のテーマは、バッハ。
ゴールデンウィークの一週間で約300公演
東京国際フォーラムは、バッハ一色に染まる。
http://www.lfj.jp/lfj_2009/about/


茂木健一郎氏の『すべては音楽から始まる』で、この音楽祭の存在を知った。
クラシック好きの先輩Iさんにお誘いをいただき、会場へ...
午後からの公演だったので、まずはランチ@新宿『Le coupe chou』
ホタテの前菜

ソラマメのスープ 春の香り♪

ポークの... 柔らかくてジューシー

スズキの... 上品なバターの風味

ココナツプリン 

これにコーヒーとパンがついて1650円 (肉と魚はどちらかひとつです)



いよいよ東京国際フォーラム
いろいろなイベントで行ったが、これほどにぎわっているのを見たのは初めてである。
公演のメニューは

小泉和裕指揮 東京都交響楽団
1.J.S.バッハ/ストコフスキー前奏曲 変ホ短調 BWV853(オーケストラ版)
2.J.S.バッハ/ストコフスキー:パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582(オーケストラ版)
3.J.S.バッハ/ストコフスキー:トッカータとフーガ ニ短調 BWV565(オーケストラ版)
4.J.S.バッハ/ストコフスキー無伴奏バイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004(オーケストラ版)

原曲は、室内楽曲やオルガン・バイオリンの独奏曲として作曲されたものであるが、
これを大きな編成のオーケストラ版に編曲したもの。
指揮者がタクトをあげた瞬間に会場は静まりかえる。
大きな空間にバッハの魂が響き渡り、哀しみが胸に迫ってくる。
美しさに身を委ねて恍惚とした気分に包まれたまま音楽は終焉し、拍手で目が覚める。
短い公演ではあるが、幸福なひと時であった。
すべては音楽から生まれる (PHP新書)

強いられるのではなく、自らの内から生まれてくる、祈りにも似た感情。
そっと目を閉じ静かに頭をたれたくなるような、神々しさ。
もはや言葉では言い表せない。そして言葉にならないからこそ信用できる。
それが祈りのような音楽の正体だ。
                   茂木健一郎『すべては音楽からはじまる』

茂木氏の音楽に対する考察は深く、共感するものが多い。

幸福の座標軸...たとえば「喜びや美の基準」をいったものさし..
が自分の中にあれば、日々の難事や苦しみは、ずいぶんとやわらぐのである。(中略)
この世は、ままならぬことばかりである。
自分の理想とはほど遠い現状に憤慨や焦燥、諦念を覚えることも少なくはない。
だが、座標軸があれば周りがどう思おうと関係ない、という潔い強さを持てる。
「周りがどうあろうと、自分の中から光を発し続けていればいいのだ」
という域に達することができるのだ。
その光源たりえるものとして、音楽はある。
                    前掲書

私たちが音楽を愛するのは、それが生命のあり方に似ているからだろう。
ある場所と時間のうつにしか成立しない。片時も留まることなく、常に変化し続ける。
ときには、ひそやかに伏流して、やがて大きくふくらんでいく。
そして、最後の響きが鳴り終える時に、音楽と言うかけがえのない体験は終りを迎える。
私たちの命も同じである。いつかは終りがくると判っているからこそ、
その途中の道筋で出会う美しいハーモニーや、軽やかなリズムが愛おしいのである。
そう思って感じ、開いていれば、人生のすべては音楽に思えてくるのではないか。
                       前掲書

今日の演奏ではまさに、この終焉の一瞬の静けさと美しさを、生命が感じ取ったように思う。