神戸の書店で手に取った茂木健一郎の新刊。
「知」へのあくなき追及..そこに生じる苦悩と発見が書きつづられる。
メインテーマは、「心脳問題」つまり、物質である脳から心が生まれることの謎を追求している。
このテーマは後日思索するとして...今回は苦悩と人生について。
もともと情熱(passion)という言葉は、キリストの「受難」(passion)と同じ語源を持つ。
この世で難を受けるからこそ、困ったことがあるからこそ、情熱は生まれる。
誰だって、生きていくうえで苦しいことや悲しいことくらいある。
だからこそ、生きるエネルギーも涌いてくる。
『思考の補助線』序 内なる情熱
「情熱」と「受難」が同じ語源であることは興味深い。
大きな困難にぶち当たると、あたかも生命が縮んでしまったような状態になる。
突然仕事を失ってしまったことで、
自分の努力が水泡に帰した脱力感や、これからの生活への焦燥感で一瞬周囲が見えなくなった。
自分は特別に苦しい状態にあるような錯覚に襲われた。
しかし、それは大きな勘違いであることにふと気がついた。なんと小さな自分であろうか!
誰だって生きていれば悩みはあるのだ。
悩みの種類や質は千差万別、枚挙にいとまがないが...
より良く生きようとすればするほど、無現の可能性と有限の自分のギャップに悩む。
諦めてしまえばそれで終わるかもしれないが、それでは何も変わらないし成長もない。
生命とは本来、成長したがるものだ。
その苦難を超えようとするから情熱が生まれるし、その苦悩を超えた先に本当の歓喜がある。
偉大な芸術や文学や発見や技術や歴史の転換や...
そういう偉大な人の営みには、とてつもなく巨大な苦悩がついてまわる。
この書における「心脳問題」などは、科学的なアプローチと哲学的・宗教的なアプローチから
ついには生命や宇宙という大問題に至る壮大な悩みである。
答えは未だに出ない。しかし、大きな目的への苦悩は、情熱によってのみ支えらている。
刀を造るとき、鉄の塊を火に入れて鍛えていく。
鉄を鍛えれば傷が出てくる。不純物も出てくる。それをまた打って打って...
限りない繰り返しの中で、傷も不純物もない純度の高い鉄ができる。
そして、名工が磨いて名刀になっていく。
ムイカリエンテの語源は、熱く燃える情熱。
本物の情熱を燃えたぎらせるには、大きな苦悩が必要不可欠である。
こんなところでぐずぐずしていてはいけない。
もっと大きな目的を目指して、もっともっと大きな困難に挑戦しなければ...
人間の中で自分を磨かなければ...