『マンデラ〜自由への長い道〜』

不屈の男が右の拳を天に向かって掲げていた。
27年余に及ぶ牢獄での生活...筆舌に尽くせぬその闘いは
自分のためではなく家族のため、全民衆のためであった。
彼の闘いに、世界が動いた...そして釈放
涙があふれた...

先週の日曜日に観た映画の残像が、心のなかに居座っていた。
マンデラ氏が出獄後まもなく出版した自伝『自由への長い道』
すぐに購入して読んだはずだったが、栞のひもが釈放の章で止まっていた。
安心して読んでいなかったのだ。
読んでしまわねばと思い、本をリュックに入れて家を出る。
雨の降る緑道を一駅歩き、センター南のスタバへ...
咲きはじめの紫陽花が美しい。


ソファーの席に陣取って、雨に濡れた街を眺めながら...
ロベン島での牢獄のシーンから読み始める。


闘いが完全に阻止されてしまったかに見えた、
マンデラを中心とするANC(アフリカ民族会議)主要メンバーの終身刑の判決。
ロベン島は本土から隔離され、情報もほとんど途絶えてしまった。
しかし、彼らは諦めなかった。
年月をかけて、小さな闘いから..時を作りながら、時を待ち続けた。
その間も、リーダーを失った民衆は苦しみ続けていた。


『水のかたち』に出てきたロダンの言葉を思い浮かべる。
「石に一滴一滴と喰い込む水の遅い静かな力を持たねばなりません。」


長い長い闘いだった。
1962年.. マンデラは44歳だった。
世界から遮断された牢獄のなかで、10年 20年...
そして、一滴一滴の水が巨大な岩を割る日が来た。
世界が動いた。
南アフリカは危機に瀕した。
マンデラの声を聴かざるを得なくなった。


マンデラの釈放は、諦めの大地に希望の光をもたらした。
しかし...
80年にも及ぶ人種差別の遺恨 そして民族間の主張の違い...
そして、あくまでも少数による統治を継続しようとする政治権力...
暴力は暴力を生み、悲惨な殺戮が広がっていった。


それでも
マンデラのすべての民族が共存していくという信念は、いささかもぶれなかった。
ともすると同志からも妻からも理解をしてもらえない、孤独な闘いが始まった。
粘り強い交渉の末、全ての国民の選挙権を勝ち取った。

自由への長い道(上) ネルソン・マンデラ自伝

自由への長い道(上) ネルソン・マンデラ自伝

自由への長い道(下) ネルソン・マンデラ自伝

自由への長い道(下) ネルソン・マンデラ自伝

 闘争のすばらしい同志たちから、わたしは勇気の意味を学んだ。
わたしは、理想のために自分の身を危険にさらし、命を投げ出す男女を、何人も見てきた。
襲撃や拷問にもひるまず、計り知れない強さと抵抗力を示す人々を、何人も見てきた。
勇気とは、こわさを知らないことではなく、こわさに打ち勝つことだと、わたしは知った。
わたし自身、思い出せないほどの数の恐怖感を味わい、それを豪胆という仮面で隠してきた。
勇者とは、何もおそれない人間ではなく、おそれを克服する人間のことなのだ。
 わたしはこの偉人な変革が成しとげられるという望みを、一度も捨てなかった。
すでに名をあげた英雄たちだけではなく、
この国のふつうの男たち、女たちの勇気を信じていたからだ。
あらゆる人間の心の奥底には、慈悲と寛容がある。
肌の色や育ちや信仰のちがう他人を、憎むように生まれついた人間などいない。
人は憎むことを学ぶのだ。そして、憎むことが学べるのなら、愛することだって学べるだろう。
愛は憎しみよりも、もっと自然に人の心に根づくはずだ。
獄中にあった最もつらい時期でさえ、同志たちやわたしが限界まで追い詰められると、
看守のひとりが人間性のかけらをのぞかせたものだった。
たとえほんの一瞬のことであっても、それがわたしを励まし、持ちこたえさせた。
人の善良さという炎は、見えなくなることはあっても、消えることはない。
 わたしたちは両目をしっかりと見開いて闘争を始めた。
平坦な道だという幻想は持っていなかった。
アフリカ民族会議に加かっか若いころ、
わたしは、同志たちが自分の信念に高い代価を支払う姿を目にした。
わたし自身は、闘争に関かっかことを二度も後悔しなかったし、
自分の身に降りかかる苦難には、常に立ち向かう覚悟をしていた。
  ネルソン・マンデラ『自由への長い道』 第11章 自由 より

このなかに、マンデラ氏の想いのすべてが詰まっている。
想像を絶する苦闘の中で、彼は誓いを忘れなかった。
同志への誓い 民衆への誓い そして自分への誓い...
誓いを忘れない人間は強いな...


2013年12月5日 95年の使命を全うした戦士は逝った。
「その死を悼むだけでは、あなたの世界は変わらない」
いいコピーだな。
自分には、そんな大きな使命があるはずもないが
せめて、小さな誓いであっても約束したことは果たさねばならぬ


そう思った雨の午後
牢獄から最終章まで260頁 一気に読み切って
雨の降る街に出て 空を見上げた。