ANA603便は、羽田空港を離陸するとつばさを右に傾けて、
東京湾を大きく旋回しながら上昇していった。
雨に煙る沿岸に無数に立ち並んだ煙突から吐き出される白煙は
強い風になぎ倒されて、いっせいに南に向いてなびいていた。
雲を突き抜けると、そこには真っ青な空が広がっていた。
蒼い空と静かな雲しか見えないのに、飛行機は揺れていた。
富士山を見た後はうたた寝をしてしまい、
気がついたら着陸態勢に入っていた。
飛行機は揺れながら宮崎空港に着陸した。
打ち合わせが長引いて、帰りの飛行機に乗り遅れた。
次の飛行機までの待ち時間は2時間...海を見に青島へ...
北風が強く吹き付けて、蒼一色の風景のなかに白波が幾重にもたっていた。
ウィンドサーフィンがひとつ...浜辺の近くを行ったり来たりしていた。
何の鳥か...海の上を渡っていった。
あの鳥は、どこから来てどこに行くのであろう...
そして自分は...
虚空に道あり...か
- 作者: 宮本輝
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2001/06
- メディア: 単行本
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「虚空に道あり、ですね」
と典弥は希美子の視線の先を見ながら言った。
「風を見てると、その言葉の意味を考えてしまいます。
風はそのときそのとき勝手に無秩序に吹き渡ってるようだけど、じつはそうではなくて、
風には風の通る道がちゃんと決められてるんじゃないかって...」
「虚空に道あり、ですか...」
「人生を虚空にたとえる人がいますが、風の流れに乗って行く先を知らずってのは、
どうも違うような気がします。
自分という風が、自分という風の道を歩いたり走ったりしてるんじゃないかって気がするんです」
冬の北風には、北風の吹く道がちゃんと決まっている。
ときにその瞬間、西からの風が強まって方向にぶれが生じたりはするが、北風は北風の道へと見事に突き進んでいく。
春の風も、夏の風も秋の風も、みなそうなのではないだろうか。
そう典弥は言った。
「渡り鳥だって、虚空のなかに自分の飛ぶ道があるってことを知ってるはずです」
そして、典弥はつづけた。
「...闇の中に影あり、人此をみず。虚空に鳥の飛ぶ跡あり、人此をみず。大海に魚の道あり、人此をみず。
月の中に四天下の人物一もかけず、人此をみず。而といへども天眼は此をみる。」
日蓮の言葉です。ぼくの好きな言葉です。
この言葉をいつも思いながら、土をこね、それを焼くんですが、ぼくの焼物には、闇の中の影を創り出すことができないんです。
虚空に鳥の飛ぶ跡も、大海に魚の道も...。ぼくには到達できない境地です」
そう言ってから
「いまのところはね」と典弥はつけくわえた。
宮本輝『森のなかの海』 第9章
北風が北風の道へと見事に突き進んでいくように..
自分も、自分という風の道を走っていかねばならぬ。
寝ぼけ眼の自分には 今は見えない道だけれど...
それでも「見事に突き進んで」いかねば…