朝靄を追いかけて...

朝露に濡れた田園の向う側...
いたるところから靄がわき立っていた。


靄が出ている場所までは、そう遠くない。
そこに何があるのか気になって
むせるような田圃の匂いが漂う
細いあぜ道を歩きはじめる。


はたして、そこには幅3メートルもあるかないかの小川が流れていた。
地図を見ると、このあたりは千曲川の支流のさらに支流...
山から流れ落ちてきた小さな川が、網目のように入り組んでいて
少し下流犀川に合流している。
そのいくつもの川面から靄が立っていたのだった。


小川に沿っていくと、その流れを利用した鱒の養殖場が...
すっぽりと霧に包まれた柵のなかに、無数の魚影が蠢いている。

風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)

風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)

そんな風に思い出に導かれるままに、村をそんな遠くの方まで知らず識らず
歩いて来てしまった私は、今更のように自分も健康になったものだなあ、と思った。
私はそういう長い散歩によって一層生き生きした呼吸をしている自分自身を見出した。
それにこの土地に滞在してからまだ一週間かそこいらにしかならないけれど、
この高原の初夏の気候が早くも私の肉体の上にも精神の上にも
或る影響を与え出していることは否めなかった。
(中略)
それはこんな淋しい田舎暮しのような高価な犠牲を払うだけの値は十分にあると
言っていいほどな、人知れぬ悦楽のように思われてくるのだった。
そうして私はいつしか「田園交響曲」の第一楽章が人々に与える
快い感動に似たもので心を一ぱいにさせていた。
そうして都会にいた頃の私は、あんまり自分のぼんやりした不幸を誇張し過ぎて
考えていたのではないかと疑い出したほどだった。
こんなことなら何もあんなにまで苦しまなくともよかったのだと私は思いもした。
         堀辰雄 『美しい村』





民宿の朝食は、地野菜を活かした手作りの料理が、大きなテーブルのうえに
所せましと並んでいた。
ハーブ園のあるテラスに出て、朝のひんやりした空気の中でゆっくりといただく。
生命力のある旬の野菜は、やっぱり美味い...


妙高市の客先に寄ってから、富山へ...
いつもは電車で通る海岸線...電車はトンネルばかりなので、
海沿いの国道をゆっくり走っていく。
雲が流れ、空の色が変わるごとに海もまた色を変えていく
途中、親不知の海岸で休憩。
静かな海岸だ


とめどなく打ち寄せる碧い波から立ちあがった潮騒
果てしなく広がる、蒼い虚空に消えていく... 哀しいな...
海風は強く...しかし、潮の香はしない

海の写真...ちょっとぼかしを入れて、モノクロにしてみた

きれいな色の小石を3つ...ポケットに入れて海を後にする。
このあたりは、海でヒスイがとれるらしいが...次回は海パン持ってくるか...


夕方、魚津での打ち合わせを終えて富山駅...
夕暮れの環水公園...

明日は嵐の予報...