富士の姿に想う

片岡さんは、高知県の山奥の出身である。
高校生の時にお兄様に呼ばれて上京、働きながら夜学の高校を卒業し、
師の一言で大学進学を決意して、自力で大学も卒業。
郵便局で保険の仕事をされているという。11歳年長の地域の先輩である。
朴訥で口下手で...しかし、全身から優しさを発散させているような温かい人柄


昨夜 偶然に遇って、年末から悩んでいたことを打ち明けた。
4年前に長く勤めてきた会社を突然追い出され、
再起をかけて、挑んできたベンチャー企業
働いて働いて働いて...必死に闘ってきた3年半
大きな仕事も成し遂げたけれど、途中から雲行きが怪しくなり
昨年末に破たん寸前であることを知り、
自分の高給を現場の人に分配するようにと、自ら身を引いた。
人生二度目の失業が決まった。


片岡さんは、しばらくの沈黙の後、ドライブに行こうかと一言....
山梨の道志川に行くとのこと。
唐突な誘いではあったが、行くことにした。
朝、6時半自宅前に迎えに来てもらい出発。
顔がこわばるほど寒い朝である。天気も悪いし...
元々口数の少ない方で、話ははずむわけもなく...
仕事の事情を聴かれるわけでもなく...
でも、ぽつりぽつりと発する言葉からは不思議な温かさが伝わってくる。
道志川には20年ほど前によく来たという片岡さん。
寒空の下で、しばし清流を眺める。



山中湖でも行ってみようかと言われ、運転を替わって山中湖へ通じる道を走り始めた。
どう考えても昨日急に思いついたドライブ。
片岡さんの、自分に気分転換させようという気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
山中湖到着...眼前にそびえているはずの富士山は、下のほうから雲に覆われ裾野しか見えない。

しかたなくファミレスで食事..コーヒーを2杯
コーヒーをすすっていると、突然北側の空が明るくなってくる。
外に飛び出すと...建物の隙間から、富士山が!


天気が変わってはいけないと、車を飛ばして湖の反対側へ...

雲は残っているが、美しい富士が現れる。


張りつめた寒気 遠くで時折冬の雷が鳴り響いている。
初めて見る至近距離での富士の雄姿
「富士のように、黙って、自分を動かないものに作り上げろ」
という吉川英治の『宮本武蔵』の一コマを思い浮かべる。


世界の数ある名峰の中でも、富士山の姿は最も美しい。
これだけ均整のとれた美しい円錐形になったのは何故か?
一度の爆発による隆起ではなく、
数十万年の間に何度も何度も爆発と浸食を繰り返してできあがったからだという。
富士の姿の中に、人間を重ねてみる。
苦闘なくして、人間は磨かれていかない。
自分の限界を超えずして、成長はないのである。
自分の小さな悲哀を乗り越えて、
富士のごとく、強い人間になりたい。
富士のごとく、美しい人間になりたい。
富士のごとく、泰然と動かず、人に勇気を与えられる人間になりたい。
そんな想いが胸中にわき出る。
一瞬の晴れ間は、河口湖に移動するまでになくなってしまい。
富士は二度と姿を現さなかった。


きっと彼は、再び苦境に陥った自分に富士山を見せたかったのだ。
あの雲を晴らして、富士山の雄姿を現したのは、彼の深い想いであったのだ...きっと


帰り道の長い坂を下りながら、片岡さんの想いを噛みしめ
そして、これから始まる闘いに男らしく挑もうと心に決めた。