「吹きガラス でく工房」

その工房は漁師小屋の立ち並ぶ一角にあった。
...というより、漁師小屋そのものだった。
二見の草木染め職人 藍さんのご縁で知った
吹きガラス でく工房
HPで見る作品は、素朴で味わいのある作品ばかり

http://dekukoubou.jimdo.com/
https://www.facebook.com/dekunobou220501
二見を通ったときは必ず寄ろうと決めていた。


三重出張最終日、午前中の打ち合わせを終えて、横浜に戻る前に
二見に寄り道。
藍さんはあいにく留守だったので、そのまま「でく工房」を目指す。
ナビは途中で案内を止めてしまったので、電話で場所を訊き、漁師小屋の間の道を行くと
その一角から丸刈りの優しい眼をした青年が現れた。
トタンでできた小屋の前に車を停めると、黒いパグが出迎えてくれる。その名が「でく」
早速、作品が陳列されている部屋に通される。


中村さんは、沖縄の琉球ガラスの工房で修行をされて、故郷の二見に戻り
お祖父さんの使っていた漁師小屋を改造して工房を構えられた。
琉球ガラスといえば、気泡がたくさん入った色鮮やかなガラス工芸を思い浮かべるが
彼は、その技術を基本に、独自の作品を作り始める。
地元伊勢のサイダー瓶を溶かして造る再生ガラスの作品。
一般の工芸用ガラスと比べると、ほんの少し緑がかったような透明。
温かみのある色合い... この一色だけが素材。
器は主張しすぎてはいけないという。
中に入れるものを引き立てる器
そのために彩色はしない。
シンプルなほど、造形は難しいに違いない。
ガラスを通して屈折する光だけがものを言う。
ごまかしは許されない。
素朴で、そして厳しい信念から噴出される作品は、どこまでも優しい。


吹きガラスの釜は、365日 火を落とすことができない。
燃料は灯油が1日40L... ランニングコストがかかる。
外出しても5時間以内に帰らないといけない。
火が落ちれば、釜が割れてしまう。
夏は作業環境が50℃にも達する。
瓶を作るガラスは固まりやすい成分でできているので、ちょっと冷えるとすぐに固まる。
それだけ作るのが難しいし、薄物は作れない。
それでも、このガラスにこだわって吹き続ける。
職人の仕事は、もっとも人間らしい。

彼のまっすぐな眼を見ていると、偽りだらけの自分の仕事が糞のように思えて恥ずかしくなる。


作品を見ていると、どれもこれも欲しくなるが
お金もないし...とりあえず、ウィスキーを飲むためのタンブラーを1個購入。
わけあり品ということで、ひとつおまけをつけていただく。

・・・・・
帰宅後
友人からいただいた、日本のウィスキーの名品「Ichro's MALT」を注いでいただく。
空の状態でも、そのシルエットはやわらかくてやさしいが
ウィスキーを注いだ瞬間に、琥珀色が幾重にも屈折しながら、ガラスの内部に伝わっていく。
いい色だ。
器は、そこに入るべきものが入ってはじめてその真価を発揮する。
ウィスキー自体がとても美しい色を発散する。
唇をつけて、グラスを傾ける...やさしい口当たり...素晴らしい


芸術品ではなく生活の場で使われる器を作るのが職人だ...
若い頃に出会った萩の窯元の主人が言った言葉だ


この若き職人の目と言葉と作品は、たくさんの大事なことを教えてくれた。


Ichiro's MALTについては後日...

文化の生産とは、自然と精神の立ち会いである。
手仕事をする者はいつも眼の前にある物について心を砕いている。
批評という言葉さえ知らぬ職人でも、物に衝突する精神の手ごたえ、
それが批評だと言えば、解りきった事だと言うでしょう。
  小林秀雄『私の人生観』