なんでも千円!

入社3日目。毎日一人で書類を読んでお勉強。
まだ、あまりやることがないので、帰りは早い。
となるとそのまま地下鉄に乗るのももったいないので
ついついふらっとアメ横に寄ってしまう。
なんかいいんだよな〜。この雑然とした雰囲気。
あてもなく歩いていると、あっちこっちから声をかけられる。
夕方のせいなのか、それとも一日じゅうなのか...
聞こえてくる声は「千円 千円...」「千円にしとくよ〜」
そんなに簡単につかまってたまるか、と思っていたが...
しかし...気を抜いた瞬間に呼び止められた魚屋で立ち止まる。
中トロ3,000円 大トロ5,000円の値札が...
「兄ちゃん、1,000円で持っていきな!」1個くらいならいいかと...中トロを選ぶと..
「ありがとう!」と言いながら、大トロもビニール袋に入れ始め「2個で1,500円!持ってけ!」
結局、買ってしまったこれ↓

会社帰りにいつでも寄れるアメ横...また無駄遣いしそうな予感。
あまり通らないようにしようっと...


帰りの電車は日比谷線から東横線に乗り入れる直通電車。ずっと座れる帰り道。
居眠りもできる。読書も進む。
短編小説集『魂がふるえるとき』宮本輝編 作者は近代日本を代表する作家ばかりであるが
その小説はほとんど知られていないものもあり、絶版になったものもある。その中の一作。

多摩川の二子の渡をわたって少しばかり行くと溝口という宿場がある。
其中程に亀屋という旅人宿がある。
ちょうど三月初めの頃であった。此日は大空かき曇り北風強く吹いて、
さなぎだに淋しい此町が一段と物淋しい陰鬱な寒むさうな光景を呈していた。
昨日降った雪が未だ残って居て高低定まらぬ茅屋根の南の軒先からは雨滴が風に吹かれて舞うて落ちて居る。
草鞋の足跡に溜まった泥水にすら寒むさうな漣が立っている。
                          国木田独歩忘れえぬ人々

なんとも言えない味のあるリアリティー。モノクロの寒々しい風景が忽然と現れる。
教科書で見ただけの作家...出会わずに終わっていたかもしれない名文に出会える喜びは大きい。
宮本輝という大作家の書いた極上の文章を読んできたムイカリエンテには、
その辺に転がっている軽薄な駄作を読む気になれない。
最高級レストランの後に、ファミレスのまずい飯を食べるようなものだから...
そして外国文学が苦手なので、自然に小説の幅が狭まってしまう。
宮本輝がエッセーなどで取り上げた小説は片っぱしから読んで幅が少しだけ広がった。今回も...
井上靖川端康成水上勉なんかは多少読んではいるが、幸田露伴樋口一葉泉鏡花などは初めてである。
これからどれだけ通わねばならぬかわからない通勤時間。
読書だけが、狭い電車を広い世界に解放してくれる。