辛夷(こぶし)の花

白く大きな花びらがふわっと開くと
ああすっかり春なのだと感じる。
いつも通る道添いに立つ辛夷の大木。
毎年枝いっぱいの花をつける木の蕾が
今日は一斉に開いた。
色を失っていた山が
次々に様々な彩に染められていく季節
早咲きの桜も花を開いていた。

畑の土を手にとって、春の香りを嗅いでみる。
土の香りが肺に満ちて、春が体にしみこんでくる。


春の陽射しの中で、宮本輝の『朝の歓び』を読みかえす。
妻を亡くし、かつての不倫相手だった日出子とイタリアに行く良介。
13年前にイタリアの小さな村で出会った精神障害児のパオロはすっかり成長して
毎日一人でバスに乗り皮職人の工房に通っていた。

「私がパオロや彼の両親から学んだものは、たくさんあるけれど、
その中で一番大きいのは、感謝する心の大切さだったわ。...
明るくふるまうことの凄さ。...そうでしょう?」
と訊いた。良介はうなずき返し、
「明るく振る舞えて感謝する心を忘れない人間は、きっと勝つだろうな。
いっとき地獄でのたうつような事態が生じたとしても、その地獄の中で勝つ。そんな気がするよ」
と言った。
「地獄から抜け出すんじゃなくて、地獄の中で勝つのね。リョウもいいこと言うじゃん」

以前に読んだことはあるが、改めて読むと心にしみる。
そうだったのか、そういうことだったのか...文章を読みながら、その思いが伝わってくる。
パオロは障害児であるという地獄から抜け出すことはできない。
その両親も、この子を持ったという地獄からは離れることができない。これが宿命というものだ
しかし、大事なことは宿命から逃げずに地獄の中で勝つことなのだ。
宮本文学は、やはり自分に生きる勇気を与えてくれる大きなよすがである。


読書の幅は狭いのだが、この人に出会えてよかったと思う。
もっともっと読まなくては。

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