『赤ひげ診療譚』

先日観た黒澤明の映画『赤ひげ』に感動し
山本周五郎の原作を読み返した。
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「この世から背徳や罪悪を無くすることはできないかもしれない。
 しかし、それらの大部分が無知と貧困からきているとすれば、
 少なくとも貧困と無知を克服するような努力がはらわれなければならない筈だ。
 そんなことは徒労だというだろう、おれ自身、
 これまでやってきたことを思い返してみると、殆ど徒労に終わっているものが多い」
と去定は云った。
「世の中は絶えず動いている。農、工、商、学問、すべてが休みなく、
 前へ前へと進んでいる、それについてゆけない者のことなど構ってはいられない。
 だが、ついてゆけない者はいるのだし、かれらも人間なのだ、
 いま富み栄えている者よりも、貧困と無知のために苦しんでいる者たちのほうこそ
 おれは却って人間のもっともらしさを感じ、未来の希望をもっているように思えるのだ
 人間のすることにはいろいろな面がある。暇に見えて効果のある仕事もあり、
 徒労のように見えながら、それを持続し積み重ねることによって効果の現れる仕事もある
 おれは自分の一生を徒労に打ち込んでもいいと信じている」
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日本の中では、死ぬか生きるかというような貧困は殆どなくなったと思われるが
経済や技術に逆行して、精神は益々貧困になっている。
これは、人間に対する無知・生命に対する無知から発しているように思える。
いくら物質的に豊かになっても、精神が貧困であれば不幸である。

自分でそう気がついても
それを学び語ることは、ある意味徒労のように思える。
しかし、徒労であってもいいのだ。
一人の勇気ある行動が、二人三人と伝染していけば
いつか必ず効果が現れることもある。
自分が評価されようなどと思うこと自体、さもしい考えである。

徒労であっても、人のため社会のため
信念に打ち込む人間の姿は美しい。